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父と息子の食育
わたしは、魚に触れたり、見たりするのが苦手だ。
丸い目玉も。ヌメリとした感触に、ザラザラの鱗。手をひんやりと冷やす、魚特有の体温も…。
「釣れた、釣れた。今日は大量だ‼」
だから…。釣り好きの夫の気持ちが、わからない。
「創太、どうだ?」
もう一つ、わからないこと。それは、一人息子の創太だ。
創太は今年四歳になるのに、ろくに話もせず、笑顔を見せた事も、ない。
捕ったばかりの魚を見る二人を眺めていると、創太が口を開いた。
「これ、どうするの?」
「食べるんだよ」
創太が、自分から話しかけた。珍しい事だ。
なのに夫は、とくに気にする事もなく、会話を続ける。
「お母さんは、魚を捌けないからね」
ダンッ
夫が持っていた小刀で、魚の首根っこを切る。
「それは?何してるの?」
「鮮度を保つために、魚を生け締めするんだよ」
「…ふーん」
魚が苦手だからだろうか?
わが子ながら、創太と夫の会話は、気味が悪かった。四歳の子供が、父親とこんな会話をするなんて…。
少し不気味に思いながらも、家路についた。
夫は家に帰るとすぐに、キッチンへ向かった。釣ってきた魚を調理するために。
創太は、夫の側で、それを見ている。
魚が苦手なわたしは、片付けをする振りをして、席を外した。
教育熱心な夫の事だ。「食育」だ何だと理由をつけて、創太に魚の捌き方でも、教えているだろう。
…わたしが、出来ないから。
夕飯は、夫が作ってくれた。釣りの日の、恒例行事だ。
テーブルの上には、わたしのために、頭を切り落とした魚料理が、ズラリと並んでいる。
「創太、どれが食べたい?」
返事は、ない。やっぱり、昼間は偶然だったんだ。気長に考えないと…。
「創太、どうして食べないんだ?」
「あなた、創太を責めないで」
「責めてなんかいない。これは、教育だ」
「…そうね。創太、食べなさい」
「なんで?」
無表情で、創太が答える。
「お父さんが、一生懸命作ってくれたからよ?」
普段の食事は、黙って食べるのに…。
創太は、黙ったまま、魚を見つめている。
「創太。魚の命を頂いているんだ。命を粗末にしたらダメだぞ」
「…いただ…?」
「お魚さんの、命をわけてもらうの。わかる?」
四歳の子供には、まだ難しいのだろう。創太は、無表情のまま、頭の無い魚の切り口を眺めている。
「これは、どうかな?」
わたしは、創太の好きなフライを選んで、取り皿に乗せた。
「これ…」
「これも、お魚さん。いつも創太が食べる、魚のフライと一緒」
創太は無言でうなずくと、フライを食べ始めた。
夫は何か言いたげに、わたしを見ていたが、結局なにも言わず、黙って食事を続けた。
食育なんて、まだ先よ。創太には、もっともっと、大事なことがある。
無表情で食事をする創太を見て、改めてそう思った。
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