【第1章】思い立ったら即行動! ~卓真~

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3.問題がいっぱい!?  その後も円滑な話し合いが続き、必要な決めごとはあらかた出し切った。  どのように出演者や観客を集めるのか、協賛を募るのか。  新たなイベントとして露出していくための方策、グッズ制作について、などなど。  そうして、最後に残った問題は―― 「ところでさ、この企画って、(だい)が旗振り役なんだい?」  会話が落ちついた隙を見計らい、ズバリ訊ねたのは入谷さんだった。  最初から、そのことが気になっていたのかもしれない。  俺と昌也は思わず顔を見合わせる。 「最初さ立ちあがっだのは、わいど卓真だけど……多分、わいだぢは前さ出ねぇほうがいいんだべな」 「だろうなぁ」  昌也の場合は役所の人間だけに、前に立つと市の企画だと思われてしまう可能性がある。  俺の場合も、地方局とはいえテレビ局の人間だから、特定のイベントに表立って関わるのは、少し気が咎めた。 「わいとナリくんも、それぞれ所属しているグループがあるして、前に立つとそれ絡みだと思われてしまう可能性があると思うんだ。だして、まったく新しい団体によるイベントだってアピールするには、それこそ新しい()が必要なんじゃないか?」  入谷さんの意見は、非常に――あるいは非情に的確だった。  日頃どんなに素晴らしい活動をしていても、しがらみというものは必ずつきまとう。  すでにある程度有名な人やグループが前に立つと、もうできてしまっているそれを越えることは、残念ながら難しいのが現実だ。  人間関係が密になっている地方は特に、そういった傾向が強かった。  だからこそ、新しいことをするためには、新しい顔を立てたほうがいいと、そういう話なのだ。  もう何度もしていることだが、お互いの顔を見やる俺たち。  しだいにその視線は、ある()()()のもとに集中していった。 「あ、あれ……?」  本人もそれに気づいて、途端にキョロキョロし出す。 「え、な、なにさっ!?」  それは、なんか面白そうだぞと気軽に乗りこんできた、芳雄くん。  普段は石材店に勤めている、サラリーマン。  まさしく、()()()()()()だ。 「おめしかいねぇ!!」 「頼むっ」 「おお、救世主よ!」 「ワオ~」  なんだかよくわからないが、とにかくものすごく盛りあがって、みんなで芳雄くんに詰め寄った。 「えぇぇええっ!?」  最初は戸惑った様子を見せていた芳雄くんも、みんなの熱にあてられたのか、しだいに頬を上気させていく。 「わ……わがった! やるよっ。とりあえず先頭で大漁旗振ればいいんだな!?」 「やいや、どごの船ば出迎える気だ?」 「それ比喩だしてさ」 「あはは」      ♪     ♪     ♪  初めてのミーティングのあと、話し合いの舞台は再びSNSに戻り、細かな部分が詰められていった。  まず取りあげられたのは、実行委員会の参加規約だ。  これから本格的に動いていくにあたって、多くの人たちの協力が必要になる。  それに伴い、実行委員の人数も増えていくだろうことは、簡単に予想できた。  そうして参加してくる人の多くは、すでに社会人として働いており、ある程度の常識を身につけている。  その前提があったとしても、基本的にはボランティア活動になるからこそ、しっかりとした規約が必要だった。  自分が実行委員であるか否か?  それが口約束だけの存在であれば、もし約束を破られたとしても、文句ひとつ言えない。  規約は、お互いに()()()()を保つためにも、なくてはならないものなのだ。 昌也:で? 規約ってどうつぐんの? 卓真:ネットから適当にテンプレ拾ってくるから、俺たちに合わせて改変しよう 昌也:なるはや 奈里斗:そこは「なるほど」では? 昌也:実は両方の意味ば掛げだ! 卓真:わかりにくい……  繰り返すことになって申し訳ないが、今の時代は本当に便利だ。  あらゆる情報が、検索すれば簡単に入手できる。  俺は仕事の合間にどこかの会員規約を拾ってくると、共有フォルダにぶちこんでおいた。 卓真:時間ある人、編集頼むね たま:_・)ソォーッ 昌也:捕獲!>たまちゃん 奈里斗:そこは「捕捉」では? アンジェ:ナシさんのツッコミ、面白い……! 芳雄:アンジェさん、もしかして感動してる?(笑)  ノリがいいやつが多く、話はすぐに脱線しがちだが、任されたことはきちんと責任を持ってできるメンバーだ。  今も、すでに規約をいじりはじめているアカウントがあった。  自然と口もとが緩んでしまう。 昌也:あどさ、出演者ど、出店者ど、協賛ば募るチラシ 芳雄:あ、それわい担当だ 芳雄:なるはやします たま:必要な写真あったら言ってけ 芳雄:ありがとう!  そのやりとりを眺めていた俺は、ふと気づいた。 卓真:待って、チラシつくるにしても、先にイベント日時が決まってないと 卓真:募集かけづらくないか? 昌也:ほんだじゃ! 芳雄:じゃあ、わいがイベント広場あいてる日、聞いてみる 芳雄:大体何月頃がいい?  その芳雄の問いかけに、めいめいが希望を書きこんだが、大体一致していた。 卓真:やっぱり秋だな、雪降ってからだと大変だし 昌也:夏だど早すぎるもんなぁ アンジェ:芸術の秋、デス! 昌也:んだんだ  ――そんなやりとりをニヤニヤと眺めていた、ある日。  珍しく外へ出かける取材予定もなく、事務所で細かい雑務をこなしていた俺は、昼になると自分のデスクで弁当をつつきながら、スマホをいじっていた。  そこに声をかけてきたのは、いつもの後輩だ。 「宮内さん、もしかして彼女でもでぎだんですか!?」 「は? どこからそういう話が……」  俺の隣は別な人の席だが、後輩は勝手に椅子を引くとそこに座った。  手に持っていたレジ袋から、大量の菓子パンを取り出す。 「だって、最近よぐスマホ見て、楽しそうにしてるじゃないですか~」 「楽しいのは楽しいけど、()()()()()じゃない」 「へば、なんです?」  この後輩はおそらく、深い意味もなく聞いているのだ。  きっと俺の個人的なことで、たいした話ではないのだろうと、思っている。  だが俺は、話すことを少し躊躇した。  なぜなら、まだ百パーセント開催できると、決まったわけではないからだ。  人は集まってきた。  いろいろと決まってもきた。  しかし、逆に言えば、まだそれだけの段階で。  今の時点で同僚に話していいものか――覚悟のほどを問われているような気が、した。  協力を仰ぐための言葉ではない。  ()()()()()()()()()()()()として、息を吸う。 「――この下北でな、音楽フェスをやろうって、仲間と立ちあがったんだ」 「えっ!?」  まん丸になった後輩の目に、俺は思わず吹き出した。 「いや、驚きすぎ……」 「だってフェスでしょ? フェスですよね!? あの、こう、ニュースでやっでるみたいな……サマソニどかフジロックみたいな!?」 「そこまで大規模じゃないけどなっ?」  規模が違いすぎて、比べられても困る。 「はぁ……下北で、フェス……」  あまりにも予想外だったのか、後輩は呆けた様子で呟いた。  ――おそらく、これが正しい反応なのだ。  こんな地方の田舎で――新幹線からも見放されたような場所で、音楽フェスをやろうだなんて、普通は考えない。  誰が来るんだ? 誰が出るんだ?  首を傾げるのはあたりまえだ。  しかし―― 「なんだがそれ、めっちゃ楽しそうじゃないですかぁ~」  次に後輩が見せた表情は、呆れ顔ではなく。  俺が初めてのミーティングで見た、みんなのワクワクした表情と同じものだった。 「日時決まっだら、教えてくださいね? 自分も観に行ぎたいです!」 「お、おう」  しかも、そのあとで後輩がつけ足した問いは、フェスの開催を成功へと導くのに欠かせない要素で―― 「そんで? MCは誰がやるんです?」 「へ?」  MC。  ようするに、当日ステージ上を仕切る司会者だ。 「……忘れてた……」  そこは完全に、頭から抜けていた。  ミーティングでも誰も言い出さなかったから、みんなもきっと同じだろう。  いくら芳雄くんをイベントの顔に設定したとしても、彼にMCまでやらせるのは、さすがに荷が重すぎる。  やってやれないこともないだろうが、経験豊富な慣れた人でないと、予定外なことが起きたときに対処しきれない可能性があった。  これまでさまざまな舞台を取材してきた俺だからこそ、わかるのだ。  仕切るにはセンスと経験が必要で、さらに、会場を盛りあげるには空気を読む力とトーク力が必要。  MC自身がエンターテイナーでないと、成功は難しい。  黙りこんでしまった俺を見て、後輩はやっぱり気軽に一言。 「なんだ、決まってないなら、()()()()()に頼んだらいいじゃないですか」 「親父に?」  『みやちゃん』というのは、俺の父親のことであり、青森県内ではちょっとした有名人だ。  ローカルタレント・歌手として、知名度は抜群に高いし、ラジオパーソナリティとしても長く活動しており、『司会』の腕は誰もが認めるところである。  かく言う俺も、テレビ業界に入ったことにより、以前よりずっと親父のすごさを感じていた。  全国区でなくとも、その技術は間違いなく一級品だ。 「親父かぁ……」 「なんです? 嫌なんですか? 宮内さん、別に親子仲悪ぐながったですよね」 「ああ、むしろいいほうだとは思うけど」  だが、今回のことで親父に頼ろうという気持ちは、正直に言って少しもなかった。  有名人なのだから、来てもらえればそれだけで宣伝になる。  確かなことだ。  わかっている。 「みやちゃんだったら、うまく盛りあげでくれそうじゃないですか~。年配層にも人気だし」 「まあな……」  だからこそ、だ。  もし親父の力を借りて成功してしまったとき、全部が親父の手柄になってしまったらどうしよう――  俺の心のなかにあったのは、そんな卑屈な心配だ。  みんなでつくりあげたものを、MCの力だけで凌駕してしまったら。  バカみたいな悩みだとは思うが、みんなに申し訳ない。  それくらい、俺は親父の能力を評価していた。  だからこそ、呼びたくなかった。  そう、思っていたのだが―― 「宮内さんがなにを心配してるのが、自分にはわがりませんけど」  そのわからないはずの後輩が、誰よりも理解した言葉を放つ。 「宮内さんがやろうどしてるごとって、普通にしてだら絶対無理なごとですよ。結果はともかぐとして、まずは()()()()()()()()()()を考えがほうが、よぐないですか?」 「ちゃんと、開催すること……」  ハッとした。  気づかされた。  いつの間にか、自分の目的がすり替わっていたことに。  下北を音楽で盛りあげたい。  音楽を愛する人々と繋がりたい。  そんな想いで企画したはずだったのに、気がつけば、「せっかく音楽フェスをやるなら自分たちの手で成功させたい」という気持ちが先走っていた。  だが本当は、手柄が欲しいわけじゃない。  もっと極端なことを言うと、イベントとして()()()()()()()()()()()()()。  なぜなら、開催に至った時点で、()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。  人が集まり、同じ時間を共有し、新しい仲間を得る。  そのプロセスに、俺たち裏方の感傷なんて関係ない。  後輩の言うことは、正しい。  とりあえずきちんと開催さえできれば、目的は達成されるのだ。  あとは結果を見て、反省したり次に繋げたりすればいい! 「――確かに、そのとおりだよ」  大切なことを気づかせてくれた後輩に、礼を言って。  昼休みが終わる間際、俺は親父にメッセージを送った。      ♪     ♪     ♪  みんな本業の合間を縫って、着々と準備は進んでいく。  ――ように見えていたが、実はさまざまなことが頓挫していた。 昌也:問題多すぎ問題発生中…… 卓真:どうした? 昌也:まず芳雄くんがらどんぞ! 芳雄:あ、はい 芳雄:イベント広場のあき、調べてきて、9/30の土曜日がよさそうなんだけど 芳雄:内容が音楽フェスだとやっぱり音漏れの問題がって言われて…… 芳雄:あ、でも仮おさえはしました!  なるほど、当初から懸念していたところは、やはり指摘されたらしい。 昌也:あどは、場所借りる資金どが、グッズつぐる資金どが、機材借りる資金どが 昌也:諸々計算しだら、足りねぇのじゃ…… 昌也:熱烈協賛募集中!(泣) 卓真:それは頑張って声かけまくるしかないな…… 奈里斗:初めてのイベントだからこそ、集まりづらいのはあるからね  誰もが簡単に理解してくれるわけではない。  音楽に興味のない人だって、当然いるのだ。  粘り強く交渉していく必要があるだろう。 笹竹:出演者集めも、反応悪いね 笹竹:情報が全然行き渡ってないから、こっちから積極的に声かけないと たま:公式サイト、早くしたほうが 昌也:そいな! グッズどがど諸々デザイン頼んだ人が、今頑張ってくれじぇあして…… たま:あと音響班から、今想定してる数だと、機材全然足りないと思うって 昌也:あいしぇええええ  本格的に動きはじめたからこそ、見えてきた数々の問題点。  さあ、どうやってクリアする!?
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