【第3章】山は越えるためにある ~卓真~

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8.漫画雑誌に学べ!?  九月に入り、いよいよ『まさかリズム』の開催月となった。  この丸一か月が、準備のラストスパート期間である。  六日には二回目の実行委員ミーティングをやることが決まっていたから、その前に改めてレンタル機材の確認をしておこうと、俺はMArMAlade(マーマレード)に向かった。  いつもより少し早い、まだ夕方と呼べる時間帯だ。  普段は見かけない人もいるかもしれないと、自分でもよくわからない期待をしつつ、ドアを開ける。 「こんばんはー」  入った途端、楽器の音が聞こえてくる。  ステージに目をやると、高校生のグループが練習しているようだった。 「いらっしゃい、宮内くん」 「いつもお世話になってます」 「あら、営業トーク?」 「今日は客として来たんじゃないので……」  「打ち合わせさせてください」と素直に続けると、ママは笑って応えてくれた。  改めて、当日借りる予定の機材を確認し、配置方法などを相談する。  特に、コンパクトなスペースにアンプやスピーカーを設置しなければならない陸奥湾ステージについては、うまく配置しないとハウリングの原因にもなってしまうだろう。  テレビ業界にいても、音響関係にはそれほど詳しくない俺にとって、ママの話はとても参考になった。  ひととおりの打ち合わせが終わると、視線は自然とステージ上に向く。  そこでは相変わらず、制服姿の高校生バンドが練習をしていた。  周囲を見ると、他にもチラホラと高校生の姿が見えて、嬉しく思う。  若い世代から音楽に親しんでほしいと考えてしまうのは、歳をとった証拠だろうか。 「――あの子たち、『まさかリズム』に参加するために結成されたバンドなのよ」 「えっ?」  不意にママが発した言葉に、俺は目を丸くした。  確かに、下北全域のいろんな世代に声をかけようという話はしていたが、出演するためにバンドを組むほど本気で取り組んでもらえるなんて、正直考えていなかった。  『まさかリズム』が本格的に音楽をやるきっかけになるのなら、それほど嬉しいことはない。 「あら、ずいぶん驚いてるようだけど、結構いるわよ? 普段は趣味で楽器を弾いてるだけだけど、発表する舞台があるなら集まって練習してみようかって人」 「そうなんですか」 「そう! もちろん高校生だけじゃなくて、おじさん層にもそういう人、いるのよ。今回は無理でも、来年のためにもっと練習しておきたいとか」  まだ一度も開催していないのに、ずいぶんと気の早い話だが、それだけ音楽に対して本気ということだろう。 「続けるつもりなんでしょ? 『まさかリズム』」 「ええ……継続することに意味があると、思っていますから」  下北を音楽で盛りあげる。  それが一時で終わってしまったら、まさに線香花火のようなもの。  情熱は続かない。  だが、来年もあると思えば、楽しみにできる。  目指すことができる。  それこそ本気で、音楽に取り組むことができる。  『まさかリズム』がなければ日の目を見なかったかもしれない人々から、いつかスターが生まれるかもしれない。  そう考えると、本当にワクワクする。  だがそれも、継続してこそなのだ。 「私も、観るのが本当に楽しみだわ~。一日でいろんなアーティストを観られるなんて、お得よね。しかも観覧無料!」 「オープンスペースですからね……あ、そういえば、ママが大好きなずれやまズレ子さんも、出演決定しましたよ」 「えっ、ホント!? 最近結構下北に帰ってきてくれて、嬉しいわ」  ずれやまズレ子さんは、むつ市出身のオネエ系歌謡歌手だ。  今回、観客を増やすために目玉となる下北ゆかりの人を呼ぼうということで、白羽の矢が立った。  明るい曲からしっとりした曲まで歌いこなし、喋りも面白いので、地元でも老若男女問わず人気がある。 「こうなったら、また団扇(うちわ)をつくらなきゃね!」  特に、このママのなかでは絶大な人気を誇っているのだ。  下北のオネエの星だと、口癖のように言っていた。 「そういえば、ママってどこでズレ子さんのことを知ったんですか?」  ふと気になって訊ねてみると、ママは苦笑を浮かべた。 「それがね、まったくの()()だったのよ。大畑のお祭りを観に行って、そのステージでたまたま見かけたの」 「そうだったんですか」 「だからね、私思うのよ」  真面目な表情に変えて、続ける。 「宮内くんは前に、『まさかリズム』を開催することで、下北で活動するミュージシャン同士の交流も図りたいって言ってたわよね」 「はい、それも目的のひとつです」 「でもね、それだけじゃないと思うわ。音楽フェスって、漫画雑誌みたいなものじゃない?」 「ま、漫画雑誌……?」  突然登場してきたこの場には不釣り合いな単語に、俺は首を傾げた。  だが、ママの顔は相変わらず大真面目だ。 「わからない? 漫画雑誌って、大抵お目当ての漫画があって買うわよね。で、買ったら買ったで、せっかく買ったからと思って、他の漫画も一応読むわよね」 「それは、わかります。俺も買った雑誌は隅々まで読むタイプです」 「でしょ? その結果、自分が読まず嫌いしていたものが案外面白かったり、今まで全然知らなかった漫画家の作品に触れて、ファンになっちゃったりするわけよ」 「ああ……」  そこまで聞いて、ようやく言いたいことがわかった。 「音楽フェスも、それと同じ。観に来る人は、きっと誰かお目当てがあって観に来る。けれど、()()他の出演者のステージを観て、ファンになる可能性もある――ということですよね?」 「そう! だから、ミュージシャン同士のマッチングの場というだけじゃなくて、出演者と観客のマッチングの場でもあると思うのよね」 「確かに……」  普段は好んで聴かない音楽でも、聴く機会がある。  それが音楽フェスの魅力のひとつだ。  そしてその魅力は、規模に関係なく発生する。  今回、音楽に興味を持って『まさかリズム』を観に来た人が、()()()()()を探すチャンスでもあるのだ。  そう考えると、裏方の仕事はなかなかに重大である。  出演者たちが全力を出し切れるよう、きちんとサポートしなければ、せっかくのチャンスをふいにしてしまう可能性だってあるのだから。 「出演側にとっては、ぜひ参加したいと思えるようなイベント。観る側にとっては、観に行けばお気に入りが見つかるかもと思えるようなイベント。そういう音楽フェスに育っていったら、素敵よね」  目を細めて、ママは笑う。  それは、ただ下北を盛りあげたいという、どこか漠然とした想いで走りつづけていた俺たちにとっては、とても具体的でわかりやすい目標のように思えた。      ♪     ♪     ♪  九月六日。  MArMAlade(マーマレード)近くのめし処で、第二回実行委員会ミーティングが開かれた。  回数としては二回目だが、一回目とのあいだにSNSで膨大な量のやりとりをしていたから、あまり実感はなかった。  今日はみんなで集まって、SNS上だけでは決めづらい部分を詰めていく。  最初に議題にあがったのは、出演者のセットリストなどについてだ。  大体の出演順や時間配分はあらかじめ決めてあったが、それで問題がないかを細かく確認していく。 「和太鼓の二チームは、やっぱり低い陸奥湾ステージのほうが、準備も撤収も楽だべな~」 「太鼓も結構重いからね」 「同じジャンルが続がないように、もうちょっと時間離したほうがいいんでないが?」 「幼稚園が朝イチなのはいいどして……でも、確かこっちの太鼓チームさも、小学生いるんだよな?」 「はい、だがらなるべく早い時間のほうがいいとは思います」  出演者の年齢や人数、音楽のジャンル、楽器編成などに留意しながら、流れを考える。 「釜臥ステージど陸奥湾ステージだば、交互じゃねぇば駄目だして、極端な話、バンドと弾き語りば交互さ配置するイメージだべ」 「そうそう。あどは曲目を見て、同ジャンルが続がないように配慮するぐらいかな」  そんな話をしているうちに、俺はMArMAlade(マーマレード)での話を思い出し、自然と口もとが緩んでしまう。 「ん? なに笑ってらのさ、卓真」 「いや……MArMAlade(マーマレード)のママが、言ってたんだ。音楽フェスは漫画雑誌みたいなものだって」 「漫画雑誌?」  そこで話したことを聞かせてから、続けた。 「漫画雑誌も多分、同じジャンルの漫画が続かないように苦心してるんじゃないかと考えたら、本当に同じだなって思って」 「バトルもの、ファンタジー、ラブコメ、シリアス、ミステリー……確かに同じジャンルが続いたら、読んでて飽きそうだもんな」 「でも掲載順って、アンケートの結果しだいなんじゃないっけ?」 「さすがにそれ()()ではねぇべさ。大体はそうがもだけど、そのながでも気ば配ってらんじゃね?」  そこから例によって、話は漫画雑誌のことに脱線していった。  ――かに思われたのだが。 「そういえば、漫画雑誌って大抵プレゼントコーナーあるよな?」 「あれなぁ、わいマメに出してだごとあったけど、結構当だるで!」 「マジで」 「さすがにそれば目当てに雑誌買う人はいねぇべたって、それ目当てにアンケート出す人だばいそうだよな」 「せば、『まさかリズム』でもなんがプレゼントすればいいんじゃね!?」  全員の動きが一瞬とまり、顔を見合わせた。 「な、なんがって……?」 「それ目当てに人が集まるようなもの、なんがあるが?」 「今日一応、当日販売するグッズのデザインも打ちあわせようど思って、持ってきてらけど……」 「グッズは駄目だべー。プレゼントされるってわがってだら、誰も買わねじゃ」 「あ、そっか」  今のところ予定しているのは、ロゴが入ったTシャツやタンブラー、タオルなどだ。  もらって困るものではないが、それを目当てに人が来るかといったら、申し訳ないが微妙なところだと思う。  そもそも、最初から『まさかリズム』に興味がある人しか惹かれないだろう。 「んじゃ、他にあるが?」 「やっぱ食べもの系じゃね? 食の祭典のときとが、やだら並ぶっきゃさ」 「あ、確かに。食べものだったら、人は来るがもな」 「当日の出店者に、頼んでみるが?」 「いや、それはそれで、その店舗の売り上げ落ちそうじゃね? あどでもらえるものだってわがってれば」 「あ、そっか」  同じ流れを繰り返し、話し合いはようやく着地する。 「――んだば、この件も声かげして、なんが提供してくれる相手ば探すべ! わいどだけで考えででも駄目だっ」 「んだな、それがいい」  足りない部分があったら、また新たな()()()を募る。  そうして広がる協力の輪が、下北全体を盛りあげることに繋がる――  その気持ちはもう、みんなに浸透しているようだった。
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