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頭の上に、たっぷり水が入った赤い洗面器を載せた男 の話
が、十八番なのは某有名脚本家だったか。
男は、頭の上の洗面器から水がこぼれないよう、ゆっくりゆっくり歩いているという。そして男に出くわした「私」は問う。なぜ頭の上に洗面器を載せているのか、と。
回答はいつも語られないままに終わる。
たとえば、俺とおまえの間にあったのは水槽だ。
実験台のような平面の机に、二抱えぐらいの大きさの水槽。何だろうと興味本位で覗いてみても、物も言わぬ硝子の箱だ。透明な板の向こう、僅かに歪んだ世界に、おまえの眼が見え隠れする。
そのうち、水槽にはどんどんと水が溜まっていって、ついにはたっぷりと満たされた。表面張力で辛うじて保った水面は、ほんの少し、指一本でも動かせば弾けてしまうくらいに。
これは、
こぼれてしまったら、おしまいだ。
俺たちはようやく気付く。
その時にはもう手遅れで、張り詰めた水面を身じろぎもせず見詰めるほかなかった。
息も出来ずに。
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