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時間を確認し、ポケットにしまおうとした楓のスマフォ画面が一瞬、光った。
半分閉じた目で確認すれば、メッセージが一件。差出人に覚えはあるが、あまりに予想外で二度見した。一気に目が覚める。
「今日から帰る」とだけ。
山科楓はスマフォを片手に眉根を寄せたまま、理学研究科の正面玄関、巨大な自動ドアを出る。ほぼ夜は明けていた。世界は薄青く、10月中旬のひやりとした空気が額を撫でる。
なぜ、あと30時間早く…
せめて16時間早く知らせてこないのか。
とにかく反射で「何時ごろ?」とタップする。舌打ちしたい気分で、しかし身体が心を追い越して、駐輪場までほとんど駆け足になった。現役を退いたとは言え、バドミントン部の元エースならではの瞬発力で。頭の中では先ほど仕掛けた実験系と所要時間、シミュレーションの解析結果、抄録の締め切りなど、タスクを並べて全部組み直す。
これからアパートで仮眠する予定だったが、諦めるべきだった。とりあえず風呂に入るとして、部屋を片付けるかどうかはもう少し考えることにする。
徐々に白んでいく早朝のキャンパスを、楓の自転車が駆け抜ける。
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