妄想プリズム

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 楓には、珍しい職業につく『友人』が居る。  日本ではほぼ840人だという。人数以上に、特殊技能が必要な職種だから、これまで楓の人生で出会う機会はまずないタイプの人間だった。  ちなみに、将棋のプロ棋士は170名弱だそうなので、約5倍だ。そう考えると多いような気もするが、楓の場合、それでも棋士の方が世界線が近いと思う。なんなら相関係数を出してもいい。  もちろん、そんな人種と知己となる予定はなかった。第一、最初は漁師だと思っていたのだ、遠洋漁業あたりの。高卒で、肉体労働、1年の2/3は定住できず、その当時、怪我でシーズンの1/3を棒に振ってリハビリ中だと聞けば、楓の想像力ではそれが限度だった。彼は日に好く焼けていて、鍛えていたようだったし、早起きだったし。  彼は自分の職業を言わなかった。  ただ高校時代は野球部だった、と、だけ。  それがまさか、そんな。  わかった時にはもう、遅かった。  オンシーズンの彼はとにかく忙しい、というより隙間などほぼない。今はオンからオフへの移行期間で、ポストシーズンや国際大会等が続き、これに無縁な場合でも秋季キャンプや広報活動諸々、まだまだけっこうな過密スケジュールだ。その中での休暇であれば、こちらに居られるのは最大48時間、と楓は読んでいた。  だから無理にでも今日から時間を空けたのだ。  出会ってもうすぐ二年になる。  ひょんな事で知り合って、その後、楓が何をしたかというと、まず禁煙した。それから当時付き合っていた彼女と別れた。煙草もその子も、それなりに愛着はあったが、あったはずなのだが、もう思い出すこともない。  そんな予定は、やはりなかったのだけれど。
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