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「の、割には反映されないな」
「え?」
切れ長の目が瞬くのを、イヤ別に、といなす。
そしてざっと彼を見直すが、今シーズもやはり体重は増えていそうにない。公称では身長185cm、体重は78kgだったか。下手をすると夏の間に減量したのではないだろうか。以前のインタビューで、目下の悩みに「太れないこと」と世のあるクラスタを敵に回すようなことを答えていたが、それは現在進行形らしい。
大学近くの安くて旨い中華料理屋は、黒酢の天津飯がおすすめだった。
「とりあえずテキトーに頼むから。足りなかったら言え」
と、楓はさくさくと勝手に注文する。彼は「うん」と頷くと、特に拘るふうもなく物珍しそうに店内を見渡していた。
いつ戻る、と訊こうとして止めた。おそらく楓の仮説はそれほど的外れではない。ならば時間の空費は避けるべきだ。近況、というより、うすぼんやりとした背景情報と雑多な日常会話でも希少なのだし。
そんな中、彼は餃子をつつきながら、不意にその話を持ち出した。
「虹ってなんで出来るんだっけ」
「は?」
「や、水滴のせいやいうのは知ってるけど。いっつも、三塁側の方に見えるのはなんでやろ」
…なるほど。
こちらの得意分野の疑問を門外漢から振られる場合、重要なのは回答の深度だ。見誤ると軽んじられたと誤解されるか、置いてけぼりを喰らわすか。
しかし楓はあまり、そのあたりを重要視していなかった。特に彼に対しては。意外にも、というほどではないが、彼はわりにシステマティックな解答を望む方で、地頭が良かった。まあ、でなければ、あんな特殊な職業には就けまい。
だから手加減はしないで答える。
「おまえ、光は波と粒子だ、って言って解るか?」
ぽかんと一瞬の空白があって、楓は彼が「すみません、わかりません」と言うのを遮る。
「謝んなくていい。とりあえず、この場合、光はそうめんだと思え。長さがバラバラのそうめん」
「…ハア?」
「光は波の一種で、直進して質量がない。が、ある物体に反射し、折り曲げられて分解されることがある。ある物体というのがプリズムで、ガラスなんかの透明なもののこと」
普段は無色透明な太陽光が真っ白なそうめんで、それがプリズムを通ると長さによってばらけて色つきそうめんになる。それがスペクトル。空気中の水滴がプリズムの役割を担うと、分解された太陽光はスペクトルが並んだ円弧状の光として知覚され、虹になる。
楓は「ココは、」とテーブルを指で叩く。
「地球は太陽光の反射と影で出来てる」
自然現象の光源は常に太陽で、その光が分散して発生するということは。
「虹は太陽の反対側にしか見えないし、太陽の正反対の点を中心にした円の形にできる。それを目視できるいうことは、観察者、この場合はおまえだな、も太陽に背を向けてるってことだ。ちなみに、有り得ない話だが、太陽を内側に抱えるような虹が見えたら、それは夢を見ているか、太陽系以外の銀河系に居るか、それは虹じゃないかの三択だ」
「…はい」
従順に首肯する彼に頷き返し、楓は更に続けた。ここからがキモだ。鞄からレポート用紙とペンを取り出す。タブレットもあるが、こういう場合は紙に書くのが一番だ。
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