目薬に沈みそうな街

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目薬に沈みそうな街

 佐藤春子が気がつくともう朝だった。  コンピューターゲームに夢中だった。  宿題をしなければならない。   本当に切羽詰まった状態でしか、春子はやるべきことをしない。  やりたいことはいくらでもする。  以前、クラスメイトのマサトが呆れて言った。 「『したいことではなく、やるべきことをする』。これを一日百回言え」 「言ったらどうなるの」 「潜在意識にメッセージが刻み込まれる。潜在意識が変わるとあなたも変わる」 「あらやだ怖い」  そんな暇があったらゲームをする。  今、春子は宿題を開く。  鉛筆を削り、問題を解き始める。  小鳥たちが鳴き始める。  風でカーテンが揺れる。 「清々しい朝だこと。私をのぞいて」  教室で、マサトが言った。 「それ重症だよ」 「そうかしら」  と春子が充血した目をパチパチする。充血した目を閉じるたびに、ジュワーっとなんか目がなる。それがいつもにも増してひどい。 「そうみたいね」 「これ使え」  とマサトが目薬をさりげなく差し出す。 「どうも」  水滴が春子の目に落ちる。  涙を補充しているみたいだと春子は思う。  「よし」   とマサトが言った。この目薬は、実は春子のためにわざわざ買ってきたのである。  マサトは、春子の目が好きだった。  世界とは、世界をどう見るかだ。  つまり、どんな目をしているかだ。  自分の濁った目ではダメだ、とマサトは思った。  自分には、春子の目が必要だ。
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