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「本当に、何もないんです。……何も」
言おうと決めた途端、言葉はずるずると吐き出されていく。
「よくある話、疲れたんです。テスト受けたらいつも一位でしたけど、もう……もう、要らないって。優等生ってよく言われるじゃないですか、どうせ。そんなの私、本当は嫌で、だから」
言い切れない。けれども、何一つとして伝えないよりはマシで、かつ明後日な方向に解釈されたくはない。
横を伺うと、微かに美果が驚いているようだった。私が口にした内容にではなくて、私が川本先生に打ち明けようとしていることに。
先生は前髪をかき上げて、天井を見上げた。
「は? それ、本当なの」
静かな空気が重い。
「マコ無理してるなー、って思ってたけど……」
思ってたの。そんな風に。
手を握られた。よく冷えていて、節くれだった手だった。先生は美果の手も握った。三角形じみていた。
「いい? あんたらニコイチってよくウチ言ってるけどさ、たまには先生も頼りなさい。支え合って共倒れ、とか笑えないから。いつでも話聞く」
返事は、と促されて私たちは頷いた。
先生は、私たちの手を離す前にもう一度強く握り込んでくれた。私は少し持て余しながら美果の横顔を伺った。美果は神妙な顔つきをしていた。少なくともそう、私には見えた。先生は最後にもう一度、「いい?」と念を押す。
「練習行っておいで」
先生はそう言って、私たちの手を離す。
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