ミナト

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”ミナト。お前また自殺を考えているだろ?命を無駄にするなっていつも言ってるだろ!” 穏やかなさざ波の音を聞き、赤い月とその月で赤く染まった海をぼんやりと眺め、いつ飛ぼうかなっと考えているとすぐ後ろから直接脳に響かせるような声が聞こえた。 脳に響くいっても別に彼は大声を出しているわけでない。この世の者ではない彼らの声は一般人には全く聞こえないし例え聞こえたとしても個人差はあるだろうが、俺にとってはいつだってそう聞こえる。特に近くにいるなら尚更だ。 「うん、いつ飛ぼうかなって考えてた」 海を見たまま静かに答えると彼は"お・ま・え・は~!"と文句を言おうとしたがそこまでで盛大にため息を一つついた。 肩をガシッと掴むような彼の手は俺の身体をすり抜けているが彼が掴んでいるであろう場所を軸に彼らに体温なんてないがひんやりとした感覚だけがしっかりと伝わり、心臓を鷲掴みされたような感覚と俺の全身に寒気が走る。 手首を切った時の傷口は流れる血のせいで普通は生暖かいはずが、止血しようと試みる彼らに掴まれるとその気持ちの悪いひんやり感に途切れそうになる意識が戻ってきてしまったり、入水しようと入った水温より救おうとしてくれる彼らの触れた箇所の気味の悪いひんやり感に思わず浮上してしまうほど……。 首を吊った時の徐々に血の気のひいていく感覚の方がよほど心地よいくらいだ。 "自ら命を粗末にするな!!" 睨まれ、乱暴に身体を揺すられ、すり抜けているはずだが掴まれているっぽい俺の身体は前後にぐわんぐわんと揺れ目がまわる。 「解った、とりあえず今は飛ばないから離せよ」 ……彼という見張りがいる今はな。 と、いうよりも俺の自殺はいつも彼らに邪魔され失敗に終わる。 今では学校の教師はおろか居合わせた警察ですら止めない。死ねない俺の自殺を止めるのはいつだって義理深い彼らだ。 死した者の方がよほど暖かい心を持っている。 あ~俺も死にたい。 死にたいので今日は飛ばない。赤い月に背を向けて傍らにおいた鞄を手繰り寄せ中から赤い古びた本を一冊取り出す。邪魔が出来ぬよういつもと趣向を変えてやる。
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