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プロローグ
"アカリ!灯台寄って帰ろうよ"
やだよ。帰ってさっき買ったばかりの漫画の最新刊早く読みたいんだよ。
私は斜め上に浮かんでいるミナトの誘いを心の中で拒否する。
誘いを無視されてもミナトは上機嫌のままのようでずっと生きていた頃に好きだったらしいアーティストの歌をくちずさんでいる。
上機嫌は良いが、一日中頭の上で鼻歌を歌われているのは正直ウザイ。
「最新刊すっごく楽しみすぎるんだけど」
「うん、さっき買った漫画、読み終わったら連絡するね!」
「私も!またツインで感想語ろうね!」
カナと学校帰りに即本屋に直行して二人とも大好きな同じ漫画を買った。今は二人でいるから良いが、私達は買ったばかりの本が待ち遠しく油断するとすぐ顔がニヤケそうになる。
ミナトは私達の上で我、関せずといった様子で腕枕をして寝転んだ状態で浮かんでいる。
カナもミナトの事は有名すぎて知っている。なんてったってミナトも私達と同じ高校に通う同級生だった。
だが、私の隣を歩くカナにはミナトの姿は視えていないのだ。といってもカナだけでなく普通の人にはミナトは視えない。
ミナトはもうこの世に存在していないはずだから。
……そう。ミナトは何故か私にとり憑いている幽霊ってやつだ。
「じゃ、また明日!バイバイ」
「うん、また明日ね」
カナと別れて海岸沿いの道を一人で帰る。その間もミナトはずっと鼻歌を歌っている。
今は私達以外誰もいない。時折車が通るが、さざ波のリズムにカモメが鳴いている。
「……ねえ、今日はえらく上機嫌だね。」
"お!珍しい、アカリから話しかけてくれるなんて"
話かけるとミナトは上体を起こして私の隣に立つ。
うん、たまにはね。
「頭の上でずっと鼻歌くちずさんでるからうるさいんだもん」
あ、本音と建前が逆だった。ま、ミナトだからいっか。
……ミナトと話すには私の声は第三者にも普通に聞こえるがミナトの姿は他の人には視えないから声も聞こえない。つまり第三者の目には私が一人でぶつぶつ言ってるヤバい子だと不審な目で見られてしまうから外では極力ミナトと会話をしないのだ。
"ふふ、ごめんごめん。"
ごめんじゃねーよ。まあ、気にせず帰路を急ぐ私。
"今日は月が赤く見える日だから……ね"
ミナトの言葉に足を止め、東の海を見ると確かにうっすら浮かんできた月は若干赤い。
「……赤い月が好きなの?」
つい、ミナトを見上げて問いかけてしまった。
"いや、赤い月は嫌いだよ"
「え?じゃあなんで……」
先ほどの笑顔はどこへやら?立ち止まったまま赤い月を見据えるミナトの顔から笑顔が消えた。
夏が間近だというのに私の髪を拐っていこうとする潮風は日暮の雨上がりのせいかひんやりと冷たさを含んでいる。
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