0.プロローグ

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 俺には会社に行くまでに必ず寄る場所があった。 それは大きな赤い鳥居のある神社だった。 そこに、何が祀られているのかは知らなかったけど、そこでお参りするのが俺の日課になっていた。  この神社は町の中心にあって、ここだけ流れる時間や雰囲気が違っていた。 それに周りの温度が急激に下がり神社(ここ)だけ更に寒さを感じる程だった。 「どうか、今日も何事もなく1日が終わりますように」  そんな些細なお願いをしている。 まぁこの神社に寄るようになったのも最近で、それまでは前を通り過ぎていた。 気になりはしていたけど、寄るまでもなかった。 もちろん何も無かった日には、しっかりお礼をして帰るようにしている。 「さて、会社に行きますか」  俺の会社は神社からは差程遠くもなく、歩いて5分くらいの所にある。 俺の会社は、俗に言うIT企業で色々な分野を取り扱っている。 例えばゲーム開発とかアプリ、農業にいたるまで。  俺はいつもの様に、会社のビルに入り自分のデスクに着く。 仕事の始まる30分前には俺はいつも来るようにしている、仕事のスイッチを入れる為に。 まぁこれもいつもと変わらない点でもある。 俺はデスクに座りボーッとしていると。 「おはよーって、今日も朝陽(あさひ)くんが一番か〜」 「あっ! おはようございます主任」  俺に挨拶をして来たのが、主任の佐原 那月(さはら なつき)さん。  あ、今更だけど俺の名前は朝陽 彩夏(あさひ さいか)。 「あ〜朝陽くんまた主任って呼んだ! 前も言ったけど主任はやめて!」 「あっ! すいません、佐原さん」  主任……じゃなかった、佐原さんは俺の直属の上司で、何故かいつも主任と呼ぶと怒る変わった人。 それ以外は至って普通の女性なんだけど。  いつもの様に、俺は佐原さんとやり取りをしていると続々と社員の人達が出社してくる。 「さて、そろそろ始めるか」  俺は気合を入れ、事務処理から始めていく。 今日は割りと事務処理は多くなくてやる事も少なかったので、俺が密かに作成しているゲームのプログラムに取り掛かることにした。 もちろん、俺以外に知る人はいない。 「朝陽くん、今日なんだけど特別急ぎとかもないし、発注もそんなにないから午前で早上がりしていいわよ」 「佐原さんがそう言うなら、お言葉に甘えて上がらせて頂きます」  俺の会社は特にやる事がない時期は、早上がりを推進していて各部署2名は上がっている。 稀に残りますって言う人もいるけど、その場合は他の人が上がると言うシステムになっている。 この日は偶々、俺になった。 余程暇そうに見えたのかな? って初めは思ったけど。 俺はパソコンを閉じ、帰る準備を整え「お先です」 と一言述べて会社を後にした。 「午前中で終わっちゃったな〜、神社寄って帰るか」  俺は神社に向かいながら歩いていると、大きな赤い鳥居からピンク色のボールが道路の方へ転がって行った。 それを追うように小さな女の子が出てきた。 俺はすごくと言うか嫌な予感しかしなかった。 俺は持っていた鞄を投げ捨て、全力で走った。 そして、小さな女の子を大きな赤い鳥居のある方へ突き飛ばした。 その直後、物凄い衝撃が自分の身体を襲った。  気がつくと今にも降り出しそうな曇りの空が見えていた。 全身のあらゆる感覚がなくただ空を見上げるだけ。そこに小さな女の子が顔を出し、俺の傍で泣いていた。 ただ、泣いている声も何もかもが聴こえない無音……。 「ご、めん、なさい」  小さな女の子が泣きながら、俺に何かを伝えようとしている。 俺は、口の開きを見て「ごめんなさい」って言っているのを読み取った。  感覚のない身体で、「大丈夫だから泣かないで」っと必死に伝えた。 伝わっていたかどうかは分からないけど、女の子は泣きながら笑顔を見せてくれた。 「あ〜、これでもう大丈夫だ」 そう思った途端に瞼が重く、意識が遠くなって行くのが分かった。 急激に向かう死に恐怖があるわけでもなかった。だけど、「最後にこの神社でお礼を言いたかったな」ってそんな事を思っていた。  そして、俺の……朝陽 彩夏(あさひ さいか)としての人生が終わった、その日は24歳になる前日だった。
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