二、副長の犬、山崎

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「────副長さんッ!」  走り続けて血の味のする喉で、琴子は叫んだ。今まさに屯所へ入ろうとしていた土方は、包を抱え膝に手を置き息を切らす彼女の頭を怪訝そうに見下ろした。 「あ、あの、沖、沖田さんが」 「……総司が?」 切れ長の瞳が神経質な光を帯びた。  土方、おまけにすぐそこに居合わせた山崎を先導に、琴子はぜぇぜぇ喉を鳴らしながら京の町を走っていた。  呉服屋が向かい合ってるとこ……と要領を得ない琴子の説明に痺れを切らした土方に、お前も来いと案内を任されたのだ。 「右です!そっち!」 ちらりと振り返った山崎が、琴子の指差す方を確認し頷く。  その平然とした顔つきに、琴子は愕然とした。両者とも息を乱す様子がない。  江戸時代というと、今より不便で貧しいようなイメージがある。目前の二人も、体付きは一見したところ屈強そうには見えない。山崎なんかは現代にいたら間違いなく図書館で見かけるタイプだ。  もやしっ子とかなんとか言って舐めていたが、仮にも刀を振り回し京の町を取り締まる警察集団に属しているのだ。ただのひょろひょろに務まるわけがない。 「そこのお団子屋さんの角を右!すぐです!」 叫んだ喉が引き千切れそうだ。酸素が足りない。琴子は足を止め、膝に手をつき肩で喘いだ。 もうすぐそこだ。案内は必要ないだろう。 「はーっ……、疲れた」  隣の団子屋から甘い匂いが立ち込めている。文無しの琴子はそれを恨めしそうに見、体を起こした。 「え」 「あれ」  開けた視界に、いるはずのない人物がいる。そいつは団子屋からぶらぶらと出てきた歩みを止め、首を傾げた。両手に団子を持った姿が微笑ましい。 琴子はぱくぱくさせていた口から、言葉を絞り出した。 「……沖田さん!?」
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