二、副長の犬、山崎

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「いえ……」  居た堪れなくなり、思わずそらした目に、沖田の浅葱色の羽織が映った。正確には、その袖口の赤黒い染みが。 「袖、血が」  思わず近づきその腕を掴む。あちこち確認するが、怪我は見当たらなかった。 「僕のじゃありませんよ」  静かな声に、琴子は顔を上げた。湖面のように穏やかな瞳がこちらを見ている。それがふっと微笑み、背後へ投げかけられた。 「土方さん、お世話になった四人、届けはまだですが道の脇に避けておいてあります」 「ほんならおれが行ってきますわ」 山崎は言うと踵を返した。団子屋の角を曲がり、例の通りへと折れる。 直接的に言わないが、つまりこの血は、襲って来た四人を斬った返り血ということなのだろう。 「これ、脱いでください」 琴子が袖を引っ張ると、沖田は目を丸くした。 「血って、乾き切る前に洗わないと落ちないんだから」 「……怖く、ないんですか」 「え?」 「僕は人斬りですよ」  自分で言う沖田に、琴子は眉を寄せた。先に襲ってきたのは件の四人だ。沖田のそれは正当防衛だ。やらなければ沖田が骸になっていた。 「あの時は仕方ないじゃないですか。それに、女なんて毎月血を見てるんだから全っ然平気ですから」 異性の前で言うことではないかもしれないが、漂う影の気配を払拭したくて、琴子は得意げに言い放った。  突如、口元に手の甲をあてがい、沖田が体をくの字に折った。背中が震えている。 「えっ、大丈夫────」 「ふっ、ふふっ」 琴子は目をぱちくりした。何がツボに入ったのか。沖田はなおも笑っている。
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