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✻ ✻ ✻
「グガアアアアアアアアアッッッ」
獣の絶叫に、琴子の肩がぴくりと痙攣した。
眩しさを覚悟して重い瞼を上げる。が、そこにあるのは漆の闇だった。気を失っている間に夜になってしまったのだろうか。
慌てて身を起こすと、闇の中、何十もの人が揉めあっているのが見えた。叫ぶ声で、男と分かる。
祖母の庭ではない。ましてや、祖母の家でもない。
混乱し、眉をひそめていると、キンと張り詰めた高い音が聞こえた。振り返る。振り返り、目を疑った。
月明かりに蒼白く照らされたのは、二対の白銀の光。ちかりと光って、震えながら双方押し合う。
それが何なのか、考えるまでもなかった。だが、二十一世紀のこのご時世、そんなことがあり得るのだろうか。あり得てはいけない。脳が視覚を否定する。
呆然としながらも、本能が訴える。逃げよう。逃げなければ。ここにいてはいけない。
震える足では思うように動けず、這いつくばりながら出口を求める。その間にも、ちかり、ちかりと光があちこちで乱反射する。高い音が響く。獣の叫び声が。
不意に、這いつくばる手に違和感を感じ、琴子は動きを止めた。冷たい。濡れている。嫌な予感がする。
さっきから光る物がもしそうであるならば。今自分の手を濡らしているものは────、
すっと体が冷える。手を見ないようにして、ただただ前へ進む。何かの建物であることはわかるが、出口が分からない。
焦りながらも進み、ようやく壁を見つける。手を這わせ、壁沿いに進む。
幾度か折れたところで、ふっと頬を風が撫でた。ぬるく鬱陶しい熱風が、今では神からの導きのようにすら思え、琴子は震える手を押さえ飛び出した。
しかし、目の前に突きつけられる情景は一切変わらなかった。
それよりも、通りの向こうで灯っている明かりのせいで、余計克明に現実を突きつけられる。
倒れ伏す男たち。黒い水溜り。それを踏み越え踏み越え、長い刃物を振り回す男。武装の者、袴の者。時代劇さながらの風景が、そこに広がっていた。
生々しい────血の香り。
咄嗟に口元を覆う。
夢なら醒めて。お願いだから。呟く声も、乱闘にかき消される。
だらりと下りた手が、鋭い音を立てて掴まれた。
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