最後の贈り物

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初めてこの現象に遭遇した時、私はただただ驚いていた。 あれは、祖母が他界する直前のことだった。 26歳の夏、まだ独身だった部屋でテレビを観ていた。 何の前触れもなく、次の瞬間、目の前には子どもの頃に住んでいた家の中の景色が広がっていた。 あまりに突然のことで(まばた)きも忘れて、ただただ私は目を見開いているだけだった。 「コウちゃん、なに驚いたような顔をして?なにか見えるんでちゅか?」 見開いた視線の中に祖母の顔が現れる。 そのことに私は顔を()()らせて驚いた。 笑い皺の多い祖母ではなく明らかに若々しい祖母の顔が私の真正面に広がっている。 慌てて私は目線を左右に振った。 台所から誰かが私の方に笑顔を浮かべ近寄ってくる。 「あら、ほんと、なんて驚いた顔をして」 アルバムで見たことのある私を生んだ頃の母の姿である。 私がそう認識した瞬間、私の視界には26歳のあの部屋が戻っていた。 すっかりどんな番組を観ていたのかも忘れてしまったテレビには何事もなかったかのようにコマーシャルが流れている。 仕事終わりでうとうとして眠ってしまったのか、不思議な感覚を(まぎ)らわせようと窓際に立ち上がると部屋の片隅で電話が鳴った。 母から今しがた祖母が亡くなったことを伝えられた。 夢だったのか現実だったのか理由は何であれ、私の視界に赤ん坊の頃の風景が広がった記憶は確かなように思えた。 その不思議な感覚のせいで祖母との別れをなぜか悲観的なことのように受け止めてはいない私自身が同時に存在していた。
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