第三話 天狗様、集う

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「僕には手伝えって言うのに、豊前(ぶぜん)たちに対しては何でそんなに気にするの?」 「あなた方は居候、豊前さんたちはお客様。これかなりの違いです」  ぶつぶつ言いながら、太郎さんは私と一緒にサトイモの皮を剥いている。ちなみに他の人は豊前さん含め、客間にお帰り頂いた。一応お客様なのでこれ以上手伝って頂くのは忍びない。 「手伝いって言っても僕一人じゃない。こういう時こそ治朗の手も借りたら?」 「治朗くんはね……成績もいいし、強いし、真面目だけど……料理だけは、ね……」 「そうなんだ、まぁいいか。君と二人きりだし」  しまった。ニタッと笑わせてしまった……。 「今思ったんだけどね、これっていわゆる……初めての共同さ……」 「黙って、やる」  それきり、太郎さんは口をつぐんだ。ニヤニヤしてたけど。  しかし黙々と包丁で皮を削いでいく太郎さんはなかなかの手捌きで、皮と身がどんどん分離していく。 「……上手なんですね、お料理」 「下拵えぐらいはね」 「よく作ってるんですか?」 「う~ん、まぁ暇だから」 「暇なんですか。治朗くんに聞いたけど、愛宕山太郎坊って言えば天狗の総大将なんじゃないんですか?」 「うん、今の頭領は本当にスゴイ。愛宕山天狗をそんな地位にまで高めたくらいだから。僕はただの跡取り候補」 「え、そうなんですか。治朗くんと同じ?」 「うん。今日集まる中には、本当の頭領もいるけど……まぁ今日は若手会ってとこかな」 「……いやいやいや、でも跡取りだって忙しいでしょ。たいていの場合、頭領の代理になることも多いし」 「そうだけど……僕の他に有能な天狗はたくさんいるし。なんたって天下の愛宕山だからね。だからまぁなんとか回ってるよ。僕は裏方作業の方が多い」  天狗の裏方って何だろう……。 「でもそうやって、のんびりしてたら跡取りの座を取られちゃうんじゃ……?」 「そうかもね」 「そうかもねって」 「別に僕は、頭領になりたいわけじゃないから」 「え、そうなんですか?」 「頭領が、僕に後を継ぐ才があると見込んでくれた。僕は僕で、愛宕山にいる必要があった。だから今の立場を甘んじて受けている。それだけだよ」 「愛宕山にいる必要って……」  いつになく暗い声音なのが気になって尋ねようとしたけれど、その言葉はずいっと突き出されたボウルに遮られた。 「剥けたよ。次は何する?」 「え、え~と……」  ボウルには皮を剥いて白い素肌を晒すサトイモたちがどっさり。  なんか、会話を途切れさせたように見えるけど……気のせいかな? なんだかニコニコしてるし……いや、かえって怪しい。 「なにか企んでます?」 「……え?」  怪しい。わざとらしいキョトン顔を見せている……。 「だってさっきから、話す内容がまともだし、普通のニコニコ顔だし……」 「僕はまともな会話できないし、普通にニコニコしないと思われてるの……?」 「だってそうじゃない」 「まぁ、そうか」  そこ認めるんだ……。 「治朗のアドバイスがあったからね。好き好き言い続けるより、まじめそうに見せる方が効果あるって」  あの人は……! 本っ当に色々忘れてるな……!! それにしたって無神経すぎやしないか!?  そう考えていると、なんだか太郎さんの表情が悲し気なものになっていった。  きっと、我知らず鬼の形相になっていたんだろう。 「ねぇ、治朗のこと怒ってる?」 「はい!?」 「治朗はさ、僕がずっと落ち込んでるのを見てきたから、僕に笑ってほしいだけなんだ」 「……落ち込んで……?」 「うん。だから、難しいかもしれないけど許してあげてほしい。あれで君のことも気にかけてるんだよ」 「それは、まぁ……」 「うん、じゃあご飯作ろうか。僕何すればいい?」  ふわりと微笑む顔が、短いながら一緒に過ごした中で一番優しい顔だった。だけど、一番近寄りがたい空気を醸してもいた。  きっと、これ以上聞いてはいけないのだ。自分はズカズカ私の領域に踏み込んでくるくせに……。  ちょっと不服に感じるけど、とりあえず追及はまた今度にしよう。 「……じゃあ、卵焼き作ってください。14人分」 「うん、わかった。じゃ、これお願い」  そう言って、太郎さんがサトイモが山積みになったボウルを手渡してきた。きた、けど……? 「あの、手放してください。煮っころがしにするんですから」  手渡す際にぴとっとくっついた手を、なかなか放してくれない。当然、どちらも料理に取り掛かれない。  太郎さんはニコニコ……いやニヤニヤしているばかりだ。 「いいね。煮っころがし好きだよ」 「うん。だから、放してくださいって……放せ~~っ!!」  放してもらうのに、ちょっと骨が折れました……。  それから小一時間後―― なんとか14人がちょこっとずつ摘まめるぐらいの料理が台所のテーブルに並んだ。 「君、本当に料理上手だったんだね……」 「下手だと思ってたのはなぜでしょう?」 「…………この煮っころがし、美味しい」 「それは良かったです。ところでどうして料理下手だと思ってたんでしょう?」 「もういいでしょ。ちゃんと自分で覆したんだから」 「その言い方、なんかスッキリしない……てか食べすぎ! つまみ食いレベルじゃないでしょ! 皆の分がなくなっちゃう!」 「だって美味しいし」  何の当てつけか、太郎さんは煮っころがしを摘まむ手を止めない。買い出し前の限られた食材で作った貴重なメニューを……! 「それにしても遅いな。前鬼(ぜんき)、なにやってるんだろう?」 「前鬼? その人も今日来る天狗さんですか?」 「うん。買い出し頼んだんだけどな」  大天狗を使いっ走りさせちゃってる……私、いつか罰が当たるんじゃないだろうか……。 「あの、道に迷ってるってことは……?」 「僕たち天狗だよ? お互いに気を探りあって目的地まで来ることぐらいわけないよ。皆もそうだったでしょ?」  何の連絡もなしに続々と集まれていたのはそういう理由だったのか……。いや、”気”とかよくわかんないけど。  だけど、私も少し困り始めていた。今日買い出しに行こうと思っていたから、あまり食材は残っていない。お米も少ないし、メインになる食材がない。見知らぬ人に頼って申し訳ないけれど、あなた方が頼りです……!  お米とか肉とか魚とかどっさり持って駆けてきてくれたら一生感謝します……!! 祈る気持ちでいたら―― うををををぉぉ!!  何か聞こえたような……? 「……藍、そこ離れた方がいいよ」  太郎さんは、私の立つ勝手口付近を指してそう言った。呼び捨てにしたことは置いといて、ひとまず従った。  すると、ほんの数秒後に、地震のような音と揺れが我が家を襲った。  だけど、第二波は来なかった。代りに、勝手口のドアが音を立てて崩れ落ちた。壊れた勝手口に向けて、太郎さんは声をかけた。 「前鬼(ぜんき)遅いよ。あと勢いつけすぎ」 「す、すまん……太郎坊」  その『すまん』は、”ドアを壊してすまん”か”遅くなってすまん”か、どっちなんだろうか。壊れたドアの向こう側から聞こえたのは、なんだか弱気な声だった。 「もういいよ。それより買ってきたもの、こっち持ってきて」  太郎さんがそう言うと、ドアの向こうから大量の荷物を抱えた、とっても大きな男の人が、苦労して戸をくぐって、ノッシノッシと入ってきた。頭が天井にも届きそうだ。  手に持っていた荷物はどれも普段スーパーで貰う袋の2倍ほどの大きさで、その中には肉1kgパックが、魚10切ほどの大パックが、色んなものがたくさん、ぎゅうぎゅう詰めに詰まっていた。 「たくさん買ってこいって言ったから、とにかくたくさん買ってきたぞ」 「うん。ご苦労様」  いやいやこれ、限度があるでしょう……。そんな思いは知る由もなく、太郎さんはくるっとこちらを向き直った。 「藍、紹介するね。この人、今日のお客さんの一人、大峰山前鬼坊(おおみねざんぜんきぼう)」 「前鬼って呼んでくれや。お姫さま」  紹介された前鬼坊さんは、その巨体でひょこっと会釈して、にっと破顔した。思わず笑い返してしまうような、人懐こい笑顔だった。
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