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第二話 天狗様、棲み着く
「…………」
「…………」
茜指す我が家の客間。8畳の和室に人間1人と天狗が2人、座したまま沈黙を貫いている。
学校帰り、急に声をかけてきて、手まで握ってきた怪しい人をカウンター(?)で蹴り飛ばしたら、その人はなんと治朗くんがずっと言っていた私の(自称)許嫁だった。
正直、しょっちゅう絡んでくるあやかしたちより気持ち悪い印象しか受けなかったんだけど……とりあえず家まで連れて帰ってみた。
みたけど……そうしたら何を言い出せばいいかわからず今に至る。向かいの席では、治朗くんが私にアイコンタクトを送っている。
”話をしろ”と。
お見合いの立会人か!
「え~と……」
「はい」
「結局、どちら様なんでしょう……?」
「愛宕山太郎坊です」
「太郎坊……さん」
「太郎でいいよ」
「太郎……さん」
「治朗は”治朗くん”て呼ばれてるよね。じゃあ僕は……”太郎ちゃん”で」
「呼ぶかっ!!」
こうなる気がしてたから話しづらかったのに……!
息を切らして叫ぶ私を、天狗二人が冷静に宥める。
「落ち着け。お前はそうやってすぐ取り乱すのが悪い癖だ」
「治朗、姫のことよくわかってるんだね」「あ、兄者! 申し訳ございません! 出過ぎたことを……!」
ああ、もうカオス……。状況がまったくわからない。いったいどうして治朗くんは一瞬にしてこんな下っ端やくざみたいに……じゃなくて、今重要なのはこの人をどう呼ぶかじゃない。この人の背景のことだ。
そのあたりのことが、こちらから聞かない限り情報が出てこなさそうだ……。
「ええと……わかった。とりあえず、整理させてください。貴方は、八大天狗の愛宕山太郎坊……ということ?」
「うん」
「で、治朗くんの兄貴分」
「そうらしいね」
「それで、その……」
「お前の許嫁だ」
「そこが理解できない!!」
「え、なんで?」
太郎さんは、心底不思議そうに、きょとんとしている。どうしてそこで不思議そうにできる……?
「いやいやいや、だってそうでしょ。私、今日が初めましてなんですよ。なんで許嫁って決まってるの?」
「え、だって約束したから……覚えてないの?」
「覚えるも何も、そんな約束してません!」
「したよ。確かにした。だから僕は……ずっと待ってたのに……なのに……」
太郎さんの目に、見る見る間に涙がたまっていく。なんか鼻もすすって、ぐすぐす言ってる……。
「ひどいよ……ずっと、ずっとずっと待ってたのに……やっと逢えるって……う……」
うそでしょ……大の男(小柄だけど)が、マジ泣きしてる……。
だけどもっと驚くべきはその隣であたふたしてる見慣れた人。
「藍! 貴様、兄者を泣かせるとはどういうことだ!」
「あんたがどういうことだよ!」
治朗くんが、あの質実剛健な治朗くんが……この太郎さんの隣に立つと、なんか甘やかしまくりのへなちょこに……!
いったい何が起こってるのか、こっちも説明してもらいたい。
だけどとりあえずは、目の前でメソメソしてる人を泣き止まさないと話が進まないらしいな……。
「え、え~と……その、約束を覚えてなくてごめん……いつ、その約束したの?」
「ぐす……千年ぐらい前」
「知るわけないでしょ、そんなの!!」
ダメだ。どうしても怒ってしまう。
誰か、冷静に間に入れる人はいないのか……。
「ただいま~あら、お客様?」
「お母さん!」
玄関から、お母さんののんびりした声が響く。救いの女神の声に聞こえた……!
お母さんはすぐに客間に顔を出してくれた。
「あらあら藍ちゃん、お茶もお出ししないで……ごめんなさいね、今淹れて……」
「それは後でもいいから、とにかくお母さんここにいて、座って! 話が進まないから進行して!」
「え? 何? 話?……あら」
お母さんは戸惑った様子で部屋の中を見回していたけど、正面に座していた太郎さんの顔を見て、何故か動きを止めた。
「あなたは……」
「母君、お久しぶりです」
お母さんは居ずまいを正して私の隣に座った。すると、それまで猫背のまま正座していた太郎さんも、すっと背筋を伸ばした。そして二人はどちらからともなく頭を下げた。
「お母さん、知り合いだったの?」
「ええ、と言ってもお会いしたのは一度きりだけどね」
お母さんはニコニコ笑っている。なんでか嬉しそうだ。何故かな、嫌な予感がする……。
「あれは、そう……赤ちゃんを授かったと知ってすぐの頃だったわ……」
それは、雲一つない晴れ渡った日の夜。満月が、まるで昼間のように明るく照っていて、私はゆったりと、一人その月を眺めていたわ。産まれてくるお腹の子に想いをはせて、ね。
するとね、その月から黒い翼の鳥さんが飛んできたの。おかしいでしょう? 夜に飛ぶ鳥なんて、この辺りにはそうそういないのに。
しかもその鳥、どんどん近づいてきて、この家……私がいる部屋までやって来たの。
近づいてきてやっとわかった。その黒い翼の持ち主は鳥じゃない。人の姿に翼をはやした人間じゃないモノだって……。
――恐れないで頂きたい
とても紳士的で、優しい印象だったわ。
その人は、自分のことを”天狗”だと名乗った。
そしてこうも言ったわ。
――貴女のお腹に宿った御子は、前世で私と結ばれるはずだった女性の生まれ変わりなのだ。今度こそ一緒になると固く誓い合った。どうか、嫁として貰い受けたい。
「ちょっと待って。この喋ってる男の人は誰?」
「え、太郎坊さんだけど?」
「僕だね」
「いやいや、全然口調が違うじゃない!」
「細かいことは良いじゃない」
「細かいことまで気にかけてくれて嬉しいよ」
「細かくないから言ってるんでしょーが!!」
「ゴホン」
私の怒声にかぶせるように、治朗くんが咳ばらいをした。
「ひとまず、ここは母御前の話を最後まで聞こう」
「は、はい……」
治朗くんは声こそ穏やかなものの、視線はお説教するときのそれだった……。どうして、怒られないといけないのか……。
「えっと、それでね。こうも言われたわ」
――その子は人の身には余る強大な力を宿して生まれてくる。きっと、何度も危険な目に遭うだろう。だから、その子を守るために一つ、私の言うことをきいてほしい
「で、”藍”って名前に決まったの」
「え、それだけ?」
「それだけ」
「それって……前世の姫と同じ名前じゃない」
「そうだよ」
「あのね、私は私! 姫とは別人なんだから寄せていこうとしないでよ!」
「そうは言っても……彼女の生まれ変わりならちゃんと”藍”って名付けないと」
この太郎さんと言う人、何を言っても腑に落ちないという顔をする。いくら言っても話が平行線を辿って仕方がない。
「もう~お母さん、生まれ変わりとか嫁とか名前とか、何でいちいち言うこと聞くの!?」
「あら、ちゃんと反論したわよ。名前は自分で考えたいって」
「そこじゃなくて!!」
「母御前、兄者。俺も実は前から気になっていたことがあるのだが」
と、治朗くんが切り出した。
「16歳になったら、というのはどういう理由なんだ? 狙われやすいことはわかっていたのだ。人里で16年も過ごすより、最初から兄者の庇護下に置いておく方が安全だったろう」
言われてみればそうだ。小さい頃から、あやかしと呼ばれるモノたちに散々声をかけられたり連れて行かれそうになったり……危険な場面はたくさんあった。その度治朗くんが助けてくれた。裏を返せば、治朗くんが傍に居なければ、私はここまで大きくなれていない。
それは、太郎さんの言い分からすれば、結構なリスクだろう。……いや、嫌だけど。
「それは……」
「それはね……私が、16歳までは手元で育てたいって言い張ったからなの」
お母さんが、神妙な顔でそう答えた。私も治朗くんも、思わず息をのんでいた。
「ど、どうして……?」
「だって……太郎坊さんたら、産まれたらすぐに藍ちゃんを連れていって、大事に育てていずれは嫁に、なんて言うんですもの。だからつい言っちゃったの……」
――どこの光源氏よ!!!
「――って……」
お母さん、よく言ってくれた。
「その時は本当に、光源氏の腐った部分だけ取り出したようなこと言って気持ち悪いって思っちゃったのよ……」
「母御前、どうかもう……本人が目の前にいます」
「大丈夫、思っただけじゃなくて散々言われたから。まぁだから期限を設けて、その間は誰かお守り役をつけるってことでなんとか了承してもらえたんだ。大変だった」
そうか……私が生まれる前にすでにひと悶着あったんだ。この様子だと、結構大きな騒ぎを起こしてそうだなぁ。そして喧嘩の後は、妙に仲良くなってるし……何があっても動じない母親だとは思ってたけど、まさか天狗と親権を争ってたとは、恐れ入った……。
「……ん?」
なんか、理由や経緯がわかって納得しそうになったけど、よく考えたら一つ受け入れられないことがある。
「あの、お母さん……この人の嫁になるって部分は戦わなかったの? それって……確定しちゃってるの?」
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