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やってしまった……!
なんとか授業を終えて、(治朗くんを撒いて)帰路に就いた私の頭の中は、その言葉で占められていた。今だけじゃない、終日だ。授業なんて、耳に入るわけがない。……いや、そんなこと言ってるから成績悪いんだ、私。
とにかくやってしまった。治朗くんに……あの真面目一辺倒の治朗くんに、頭の固い治朗くんに、強情な治朗くんに、融通の利かない治朗くんに……あれ、悪口になってる?
とにかく治朗くんに……告白なんてしてしまった。しかも、振られた。そして軽くキレてしまった……!
「はぁ~~~~~~どうしよう!! 帰るって言ったってまだ半年先なのに!」
治朗くんがお山へ帰るのは私の誕生日の後。つまり、まだしばらくはお守りをしてもらわないといけないのだ。
だというのに、これからも毎日毎朝毎晩顔を合わせるのに、私ってやつは自ら気まずくなることをしてしまった……!
振られたショックよりもそっちの方が悩ましい。正直、振られただけなら何とか普通に接して気にしていないふりをすることは出来ると思う。だけどあの言葉の数々は、私が受け流せばそれでいいわけじゃない。そんなモヤモヤを半年近く抱えたまま何でもない顔はさすがに出来ない。表情筋が崩壊してしまう……!
「……あの」
ああでも、治朗くんはきっと私のことを傷つけたと思って気にするんだろうな。なんやかんや言って優しいからなぁ。やっぱりキレイサッパリ水に流しましたって顔した方がいいんだろうか。
「あの……」
でもよく考えたら、私の告白をはぐらかしているような気も……。許嫁が~帰るから~とか言って、結局私のことをどう思ってるのか自体は何も触れてない。ちょっとずるいんじゃないのか、それは……いや、つまりはそういうことなんだろう。どう思うかとか、それ以前の存在ということなんだな、私って……。
「あの~」
「! は、はい! 何ですか!?」
遠慮がちに私に近づくのは、同い年くらいの男の子だった。制服じゃなく、黒のスーツをノータイで着ていて、髪は伸び放題のあげく片目が隠れてしまっている。そのわずかに見える目も上目遣いで、おまけに声も小さい。知り合いにこんな人、いたっけ……?
私が戸惑っていると、男の子は急に私の手をとった。
「え!?」
「やっぱりそうだ。姫でしょ?」
「な、何……?」
男の子はじっと私の瞳から目を逸らさずになお続けた。というか、瞬きもせず、顔だけは笑っている。口元が、どんどん真横に開き、三日月を形作っていく。それが、得も言われぬ不気味さを醸し出していた。
「君は、姫なんでしょう? 僕には、わかるよ。姫だ……!」
しまった、またしても思った。私としたことが、朝も同じことがあったばっかりなのに……。またあやかしに遭遇してしまった。
朝のと違ってえらく姿かたちがハッキリしているし、人通りの多いところで堂々と声をかけてきたものだ。もしかしたら、今までの奴よりも何かしら強いのかもしれない。きっとそうだ。だからつい、人間相手のように返事をしてしまったんだ。
男の子……あやかしは手をしっかりと握ったまま放そうとしない。早速朝の二の舞になっている……。だけどこのあやかし、朝と違って本当に人間みたいに見える。握っている手の感触も、人間のそれと同じように感じる。もしかして、技の効きも違うのでは……?
あやかしは私の顔を、目を輝かせて見つめるばかりで、私がそっと中段蹴りの構えをとっていることには気付いていないようだった。
ゆっくりと大きく足を体に引き付けて、思いっきり前方に突き出す!
「はっ!」
次の瞬間、あやかしの体が吹っ飛んでいた。見たことないくらいにきれいに、バズーカでも喰らったようにすごい勢いで。
ど、どうしよう。私……そこまで強かったっけ……?
本当に蹴りを入れられるあたり、もしかしてあやかしじゃなくて人間だったんじゃ……?
そんなことを考えてオロオロしていると、遠くから聞きなれた声が跳んできた。
「何をやっている! どうして一人で帰った!」
「じ、治朗くん! あれ! あの人が……あやかしかもしれないけど、蹴ったら吹っ飛んで動かなくなって……!」
「落ち着け。あやかしならまず蹴るな、逃げろと朝も言ったろう! 全くお前は……しかし お前の技が効いたということはあやかしでは……」
そう言って治朗くんは吹っ飛んだあやかし(?)の顔を覗き込んだ。
「! あ、あなたは……!」
今度は治朗くんががばっと身を引いた。かと思ったら光の速さで平服した。
「じ、治朗くん? どうしたの!?」
「馬鹿! 頭が高いぞ!」
「な、なに? いきなり……?」
私が事情を呑み込めずに困惑していると、あやかし(?)はようやくゆっくりと起き上がった。
「いてててて……効くなぁ。でも君が与えてくれる痛みは久方ぶりだよねぇ。千年ぶりくらいかな? 嬉しいよ……ふふふふふふ」
「ひっ……!」
そんな気色悪い反応されたのは初めてで、全身鳥肌が立った。
思わず、平服したままの治朗くんの背後に隠れてしまった。だけど治朗くんは、そんな私に前に出るように責めたてた。
「何をしている! 隠れるな!」
「ち、ちょっと治朗くん! 押さないでよ」
「やあ、治朗。久しぶり。姫をちゃんと守っていてくれたんだね、ご苦労様」
あやかし(?)は治朗くんの姿を見つけるなりそう言った。ただし、視線は私からはずしていなかった。
にもかかわらず、治朗くんはその言葉を聞くなり、涙をあふれさせた。
「? 治朗くん!?」
「そ、そんな……勿体なき……お言葉……あ、兄者……!!」
「あにじゃ!?」
確か、治朗くんはこう言っていなかったか?
――お前の許嫁の方というのは俺にとって兄と慕う素晴らしい方で……
そして、その人のことをこう評していた。
――天狗の中でも随一の方で、俺なんかとは比べるべくもなく……!
それが、この人? よれよれのスーツを着て、ボサボサの頭で、目の周りに隈を作ってるこの男の子が……!?
あやかし(?)改め男の子は、再び私を見て、ニタリと笑った。
「そうか。”君”とは初めましてだよね、藍姫」
男の子は立ち上がり、ふらふらした足取りで私たちの元まで歩いてくると、猫背のまま、私の顔を下から見上げて、ぺこりと会釈した。
そして、頬が引きつったような笑みを浮かべて、言った。
「愛宕山太郎坊(あたごやまたろうぼう)。太郎と呼んでくれていいよ。藍姫……いや、今は山南藍……だっけ?」
「愛宕山……つまり……この人が……正真正銘……?」
「お前の、許嫁だ」
う、う、う……
「ウソだ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!?」心の声を、抑えきれませんでした……。
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