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「桜田、お前は考えすぎだ」
椎木さんはそう言って、テレビ台の引き出しをあさり、見つけた未使用の歯ブラシを一本、僕に差し出した。持ち手がピンクのやつだ。
そろそろ寝ようかというときになって、僕が洗面用具を忘れたと言い出したら、確かどこかにあったはずだと探してくれたのだ。
「梅雨に雨が降らなかったからって、水不足は起こらない」
「なんでですか?」
「夏に雨が少ないとは言い切れないからだ。幸いと言っていいのかは微妙なところだが、この頃は台風がやってくるのが早い。実際、ごく最近きただろ。台風が一個やってくるだけで、ダムの貯水量はうんと増える」
僕は受け取った歯ブラシを握って、眉間にシワを寄せる。
「今年はそうでも、来年はそうじゃないかもしれない。それだって、言い切れないんですよ。所詮、可能性の話です」
「お前のも可能性の話にすぎない。悲観的な可能性の話だ」
「なんでこれ、ピンクなんですか。椎木さん、彼女いないのに。あれですか、彼女と別れたものの捨てられなかった的な」
「だから、お前は悲観的だって言うんだ。それは、何かの景品でもらっただけだ」
表情筋を一つも動かさずに言う椎木さんの横で、僕は肩をすくめた。
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