島岡 安雄の手記

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島岡 安雄の手記

 ああ、どうしてこんな事になってしまったんだろう。  なんて事ない、いつも通りにやれば良いんだって思っていた。  たのしい事が始まるって、そう思っていた。  はじめて、その日俺は山村第一小学校に行った。教員として、その学校に赴任したのだ。他の教員も優しく接してくれた。何より、児童達が可愛かった。  あかるい子も、少しシャイな子もいたけど、皆良い子だった。このクラスの担任を持てて、俺は本当に運が良いと思ったんだ。  かのじょが、あの言葉を発するまでは。  のほほんとした子だった。普段は皆にくっついて、いつもにこにこしていて、ふわふわした子だった。けれど或る日……その子が昼休みに、おかしな言葉を言ったのだ。  おどろきのあまり、きょとんとした俺に、彼女はにっこり微笑むだけだった。それが何なのかを尋ねても、彼女は答えてはくれなかった。  はなしたいのは山々だが、都合上その言葉をはっきり書く事は出来ない。その理由は、後々分かる。  なんでもないような言葉ではあったが、それは自棄に俺の脳裏にこびり付いていた。それから分かったのだが、その子の他にもその言葉を口にする児童がいた。俺は気になって、その度に尋ねた。――それは何なんだ?――  が、皆その質問に答えてくれない。児童に関しては、さあ、と言わんばかりに首を傾げるのだ。  すると驚きなのが、教員も時々口にするのである。俺は教員にも尋ねた。しかし彼等も、決まり悪そうな表情……何処となく不憫そうに俺を見つめてから、何でもない、とだけ呟くのだった。  きになってきになって、仕方なくなった。  わかい教員が、或る日俺を呼び出した。彼は教員としてはまだ一年目で未熟だが、この学校についてはよく知っていた。  たいくつそうな表情をいつも浮かべている彼だったが、この時ばかりは如何にも楽しそうに笑っていた。――原田先生、あの呪文の事が気になるんでしょ?―― 俺が知りたがっているのは、この学校に伝わる言わば七不思議的なものを防ぐ、呪文らしい。  しょうわの時代、この学校の女子トイレで、一人の少女の遺体が見つかった。死因は窒息死、首吊りに因るものだった。つまり、自殺である。その動機は、実に悲惨なものだった。  はなこさんに、彼女は仕立て上げられたのだ。  あどけない子供の悪戯だったのだろう。おかっぱ頭のその子は似ているというだけで、はなこさんの生まれ変わりだと恐れられ、そして敵になった。しかし段々とエスカレートし歯止めが利かなくなり、最悪の結末を迎えてしまった。  おおきな赤い花のワッペンを、その子は付けていたのだという。  のどかな町の小さな小学校で起きた悲惨な事件。しかし、これに留まらなかった。それから相次いで、女子トイレで自殺をする児童が続出したのである。  おとこの子も女の子も、皆口を揃えて叫んだ。  はなこさんの呪いだ! はなこさんに連れて行かれるんだ! 学校は大騒ぎになった。学校に来なくなる児童も多くなった。そこで発生したのが、この呪文なのだという。自分ははなこさんではない、そう伝える呪文が。  なんにちも立てば、人の噂も七十五日、その恐怖は薄れていった。しかし、この呪文だけは根強く残っている。  が、その事を他人に話してしまうと、話してしまったその人は否応なく死んでしまうのだという。はなこさんに、連れて行かれるのだ。  すごみのある話だが、俺はそこでおかしな事に気付いた。――何故それを知っている?―― 尋ねると、彼はまたにこにこして言う。――そりゃあ決まってるじゃないですか、僕も聞いたんですよ、此処の教員から。―― その教員は、と尋ねると、彼は少しも気にする様子もなく、さらっと答えた。――死にました。この学校のトイレで、首吊って。――  きにならない様子で、彼はずっとにこにこ笑っていた。――僕も連れてかれますかね? 原田先生に話しちゃったから。――  この次の日、彼が学校のトイレで首を吊って死んでいるのが発見された。動機も分からないまま、彼の死は自殺として片付けられた。  こんな事が、果たして本当にあるのだろうか? これは本当に、はなこさんの呪いなのか? しかし現実に彼は死んでいる。いくらなんでも、俺と話した後に死にたくなるくらいの出来事があったとは思えない。  にこにこしていた彼の顔を思い浮かべると、ますますそう思えた。  あんな事があって、俺ははなこさんの呪文に敏感になった。聞くとぞくっとするし、事ある毎に呪文を唱えてしまう。トイレに行く時は特にだ。  なんでこんな事になったんだ……好奇心は猫をも殺すという事か。  ただ、此処で終わるにはあまりに癪だった。何としてでも、この事を誰かに伝えたい。そう思った。それで今、この手帳に書いている。  のんびりしている暇はない。俺は一軒家に一人暮らしで住んでいるが、さっきからこの書斎の扉を叩く音が鳴り止まない。  すごく、怖い。俺も連れて行かれてしまうのか。そこにいるんだろう? はなこさん……。  きみは寂しかったんだよな? 分かるよ、苛められていたんだもんな。だから呪いという方法を使って……でも、それは正しい事なのかな?  なあ、君にも悲しんでくれる家族がいた筈だ。それと同じように、君が連れて行った人たちの家族は同じくらい悲しんでいるんだよ。  おお、駄目か。まずい、音が強くなってきた。幼い女の子が叩いているとは思えない強さだ。  はらえないもんだろうか。いや、それは無理だ。第一その事を他人に話してはいけないんだから、霊媒師等にも相談できないではないか。だから今まで、対策がこの呪文しかなかったんだ。  なんども唱えているんだが、どうやら効き目は皆無のようだ。誰かに伝えようとした段階で、この呪文の効果は無くなるのだろう。  はやく書き切らなければ。もう間に合わない。扉が破られる。  なあ、頼む。この手帳を見つけた人。どうかこの手帳の意図に気付いてくれ。そしたら君は助かる。けど、気付かなかったら……残念ながら君の元にも、こんな風にはなこさんが現れる。恨みと寂しさに駆られた、悲しい怨霊が……。  いいな。これからじゅもんをかく。けどまにあうかわから  (此処から先の文字は乱雑で読み取れず)
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