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「馬鹿か、お前」  刑事の佐々木は、部下の田村に手帳を突き返した。 「本当に花子さんがやって来て、原田を殺したって言うのか?」 「だって、此処にはそう書いてあるじゃないですか」 「んな訳あるか」  佐々木は呆れて溜息をついた。 「島岡は自殺だ。そうだろう? 学校のトイレで自殺。そうに決まってる」 「でも、この小学校では似た事件があまりに多すぎます」 「そうかもしれねえが、だからって花子さんか? 花子さんを捕まえろってか?」  そこまで言われると、田村も口をつむぐしかなかった。  佐々木は田村に、死人の持ち物に触り過ぎるな、と忠告して、その場を後にした。  その日の夜だった。一人暮らしの佐々木の部屋の扉がノックされた。 「はい」  早足で扉を開けた。しかし、そこには誰もいない。  おかしいな……空耳だったか。そう思って扉を閉じたその瞬間、すぐさまノックが鳴り響く、今度はさっきより強い。  慌ててドアスコープを覗いたが、音は続いているのに誰の姿も無い。これには流石の佐々木も動揺した。 「だ、誰だ!」  すると扉の向こうから、幼い少女の声がした。 「……おじさあん……あかいおはな……」 「え……?」 「あかいおはな……すき……?」  ピリリリリッ!  突然懐が激しく震え、佐々木は飛び上がった。慌てて取ると、着信が着ている。相手は田村だ。佐々木は迷わず通話ボタンを押した。 「田村!」 「あ、佐々木さーん。僕ね、分かったんですよー、あの呪文!」  電話の向こうの田村は、如何にも得意げだった。佐々木は何処かほっとした。扉の向こうにいるのは、確実に花子さんだ。島岡の手帳で俺が花子さんの事を知ったから、やって来たんだ! 佐々木は震える声で怒鳴った。 「何なんだ!」  扉を叩く音が大きくなっている。佐々木はこれまでに無いほどに焦っていた。心の底から、命の危機を感じ取っていた。  ところが、田村は思いがけない事を口にした。 「駄目ですよー、言っちゃあ。僕も死んじゃいますもん」 「ふ、ふざけんなっ!」  佐々木は思わず叫んだ。そんな事を言ってる場合じゃない。すぐそこまで危険が迫っているのに……!  すると、手元のスマートフォンが別の通知を知らせた。画面を見ると、田村から写真が送られてきている。開くと、島岡のあの手帳の写真だった。 「いつの間に……」 「すいません、気になったんで、写真撮ってずーっと考えてたんです」  佐々木は目を泳がせて、呪文のヒントを探ろうとした。しかし、手帳は初めて見た時から変わっていないし、何もおかしなところが見当たらない。たとえあったとしても、今の彼に読み解く事は不可能だった。 「た、田村……!」  すがるように名を呼ぶと、電話の向こうから、くっくと笑い声が聞こえた。 「しょうがないなー、じゃあ、ヒントだけですよ。ほら、その手帳、おかしくないですか? 難しい漢字まで使ってるところあるのに、所々簡単な漢字もひらがなで書いてるでしょ? 呪文は、ちゃんとその手帳に書いてあるんですよ」 「だから何処に!」 「ええ? 答え言っちゃうんですか? もう……あのですね、段落のかし――」  その途端、ぷつりと通話が途切れた。はっとしてスマートフォンを見ると、画面は真っ暗、いくら指で叩いても何の反応も起こさない。 「……おじ、さあん……」  飛んできた声に、思わず顔を上げてしまった。  目の前には、おかっぱ頭の女の子がいた。彼を見上げるその目に、生気は宿っていない。 「……あかいおはな……すきい……?」  彼女の服には、大きな赤い花のワッペンが付いていた。  翌日、山村第一小学校のトイレで、首を吊った佐々木の遺体が発見されたという。
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