06 夜に語りて

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 スーパーのレジ近くに釣り下がっている手袋の中から、指先が空いているものを探す。  黒やグレーといった地味で模様のない物がほとんどだが、黄色やピンクといった派手な色合いの物も置いてあるようだ。しかし、いかにも幼児用といった雰囲気で、葵は手に取ったそれを戻した。 (部屋で使うだけだし、デザインとかどうでもいいかな……)  黒い手袋をカゴに入れて、他の買い物を済ませると店を出た。  冬になると、あっという間に暗くなる。  今日の月は、右側が半分以上欠けていて、月の満ち欠けが大分進んでいることがわかった。あと数日もすれば、新月が来る。  新月。  葵は、手に下げた袋の中から、買ったばかりの手袋を取り出した。  つい昨日のことだ。新月と呼んでいる相手が、女性ではなく、男性であることを知ったのは。  言われて思い返すと、たしかに相手は、性別を明言してはいなかった。葵が勝手にそう認識していただけなのだ。  物言いの柔らかさ、気遣いの仕方。とても女性的に感じた。葵にとって「男性」というと、どうしても従兄の事が頭に浮かぶ。仁を基準に考えると、新月はとても男性とは思えなかったのである。  あんな風に優しい男の人もいるのか。  葵にとってそれは、新鮮な驚きだった。 (新月さんって、どんな人なんだろう……)  ふと、頭に疑問が沸いた。  年上だとは思っているけれど、それも絶対ではない。仕事をしているようなので、二十歳の葵よりは上だと思うけれど、どれぐらいの年齢差があるのだろう。 (訊いても、いい、かな……?)  知りたい。と、葵は思った。  新月の名の通り、暗く、形のない存在だった人。  遠く離れた場所にいた人が、実は近くにいたような気持ちになって、こそばゆい。  この時、初めて「新月」という人のことを、葵は意識したのかもしれない。  今までとは違う意味で、新月――彼のことを、知りたいと思った。  満月さんが入室しました。  いつもより早い時間のせいだろう。昨日のログが残されている状態で、新月はまだ来ていない。  気持ちが落ち着かなくて早々と来てしまったが、さすがに先走りすぎたと反省する。  色々質問をしようと思っているが、答えてくれるだろうか。  個人情報云々をとても気にする人だから、はぐらかされてしまうかもしれない。葵とて、具体的な住所だとか本名だとか、そんなことを知りたいとまでは思っていない。けれど、年齢ぐらいはいいのではないかと思っているだけなのだ。  新月さんが入室しました  新月:こんばんは  目の端に更新された文字が見えて、葵はキーボードに手を置く。  満月:こんばんは、新月さん  新月:はい、こんばんは  満月:今日、手袋を買ってきました。マウスを持っている時も手が冷たくならないから、いいですね  新月:お薦めした甲斐がありました  満月:はい。ありがとうございます  満月:あの、新月さんにお訊きしたいことがあるんですが、いいですか?  新月:どんなことでしょう  満月:えっと、年齢とか訊くのはやっぱり駄目ですか?  満月:私は二十歳です  新月:書き込む前に先に答えられてしまいました  新月:思っていた以上にお若いですね。私は三十歳です。おじさんで、すみません  告げられた年齢は仁と同じもので、余計に比較してしまい、葵はおかしくなって笑ってしまう。そして、親近感が湧いてきた。  満月:従兄と同い年です。全然おじさんじゃないですよ  新月:その情報はさらにダメージがくるなぁ  満月:えーと、ごめんなさい?  新月:なんで疑問系?  満月:新月さんが自虐するからですよ  新月:それは気を遣わせまして  満月:気を遣っているのは、新月さんの方だと思います  新月:そうですか?  満月:私の方が年下なんですから、もっと砕けた言葉使いでいいのに  新月:最初の頃の口調が抜けないままでここまで来て、変えるタイミングを見失った感じですね  満月:じゃあ、今、ですよ!  新月:わかりました。出来るだけそうしましょう  満月:また、丁寧語になってます  新月:癖だと思って見逃してくれると助かる  ですます調と断定口調が交互に混じる新月の言葉は、葵の心を弾ませた。以前よりも少し距離が近くなったような気持ちになり、それが嬉しいと思う。  新月氏が自炊派であることや、バス通勤者であること。  誕生日は八月で、それも葵と同じであり、共通点がたくさんあって驚いた。  具体的な所在地を訊ねることは結局止めてしまったが、同県に住んでいることも知った。  これもまたすごい偶然で、運命的だ、なんて乙女チックなことを考えてしまったものだ。  もしも相手が仁だったとしたら笑える事実だけれど、最初の始まりがスマホに届いたメッセージであることから、それは有り得ないことだとわかっている。  相手が女性だったとしても、直接会う場合は気をつけなさいと仁美に言われてしまっている現状。これで、相手が実は男性だったなどと知られたら、会うことは絶対に禁止されるだろう。  葵だって、それは少し恐いと思う。  新月氏がいい人であることはわかっているが、それとこれとは話が別だった。  こうして話をするだけで、今はいいと思う。  今は、と付け加えてしまうのは、心のどこかで「会ってみたい」という気持ちがあるせいなのだろう。  自分がもっと大人だったら――  そうしたら、こんな風にうじうじ悩むこともなかったことだろう。 (……大人に、ならなくちゃ)  葵は手を握りしめる。  伸び始めた爪が食い込んで、手の平に跡を残す。 「……爪、切らないと、だね」  ポツリ漏らした声が、一人きりの部屋に寂しく響いた。
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