06 夜に語りて

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 パソコンの前で朔也は頬杖をついて、満月が退室した後のチャットルームを眺めていた。  数日前、年齢をカミングアウトした後は、緊張で心臓がはみ出しそうになりながら入室したものだが、彼女は驚くほどいつも通りで拍子抜けしたものだった。  朔也が気にするほど、満月嬢は気にしていないのだろうか。  これも世代の差というやつか。ジェネレーションギャップを感じたものである。  年下だろうと思っていた彼女は、たしかに下ではあったが、朔也の予想していたものよりずっと年下だった。  いや、二十歳という年齢自体は、そこまで低年齢というわけでない。働いているということだったし、社会に出ているのであれば、大学生よりは大人といえる。自分が二十歳の頃と比較すると、満月はしっかりしている方だろう。  問題なのは、年齢差だ。  十歳差は、大きい。五、六歳であればさほど感じないが、十歳違うというのはどうなのだろう。  朔也は唸る。 (二十歳の女の子と日々会話をするとか、あやしすぎるだろ、俺)  従兄と同い年だということで、満月は朔也に対する警戒心を解いているようだった。あまり素直に信じられると、気恥ずかしい。  三十歳にもなって、二十歳の女の子に照れることになるとは――  ますます変態じみていて、朔也は天井を仰いだ。そのまま視線だけを動かして、カーテンのかかった窓を見つめる。  はて、今夜の月はどんな形をしていただろうか。  朔也の名前を冠する新月は終わり、次の満月に向けて膨らみ始めていたかと思う。  夜空の月は朔望を繰り返す。  季節も巡り、今はもう十二月。秋からこちら、怒涛の月日を過ごしている。  机の脇に置いてあるスマホを手に取り、SMSの画面を開く。自分が送った最初のメッセージと、彼女からの返信。続いて自分が送った謝罪と説明文があり、慌てたような彼女の言葉が並んでいる。  スマホでのやり取りは、最初の五日ほどだった。  以降はずっとWEBページでの交流だ。スマホのブラウザからのアクセスも可能だけれど、文字入力の関係から、もっぱらパソコンからのアクセスが主になっている。  朔也は時折、スマホからチャットルームにアクセスして、ログの確認をしていたりもするのだが、冷静に考えると、これもまた変態くさい。  振り返って考えてみたが、付き合っていた彼女とのメールを読み返して、悦に入るような真似をしたことはない。  性別を明かし、年齢を告げてから、生活に関連することや個人的な思考など、少しだけ踏み込んだ内容も話すようになった。もうちょっと警戒してほしいと朔也は思うが、あなたのことが知りたいと訊ねられることを、嬉しく感じるのも事実なので、色々終わっている。  おそらく、実際に会うことはない関係。  これ以上、なんらかの進展はありえない関係。  いずれは飽きて、日常の忙しさに紛れて消えていくであろう交流だ。  ネットを介して発生したやり取りというのは、そういうもので、ずっと続いていく方がきっと珍しい。ネット上の人間関係が希薄であることは、朔也も何度か経験していることだ。  ネット上だけのことではなく、十代の学生時代のこともそうだ。社会人になって、環境が変われば、かつてあった付き合いも途絶えていくし、それは決して非情なことではない。  満月嬢は、若い。  これからたくさんの出会いがあり、現実(リアル)が充実していくうちに、自分のことなど忘れていく。  それでいい。  それで、いいのだ。
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