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1、現在(結果)
開け放たれた大きな扉の向こうからは、ざわざわとした人声の中に時々、鶯の声が混じっている。まだ拙い鳴き声に、隣の環先輩と顔を見合わせて笑った。
環先輩の唇に微かに残ってしまった誓いのキスでついたローズの口紅を、胸元に入れたハンカチで拭いたときに、
「では、新郎新婦どうぞ!」
とウエディングプランナーの下野さんの声が響いた。
環先輩の右腕に左手を添えてから、先輩の顔を見上げると先輩も私を見て微笑んでくれている。
「さて、奥さん行きますか」
嬉しい言葉の響きに頷いて微笑んだ。
幸せ。
3月の空は青く澄み、扉の前から続く友人たちの笑顔もきらきらと輝いて見えた。教会の入り口の2段ほどの石階段に立つ私たちに、いくつものシャッターを切る音が届く。
「誓いのキスー!」
おそらく環先輩の友人だろう男性の声に拍手が起こる。ちらりと私を見た先輩と一度視線を合わせてから恥じらいで逸らしたけれど、キスコールはやまない。
「仕方ない!やるか?」
その声に環先輩の方に顔を上げると、ふわりと唇が重なってきた。条件反射のように目を閉じると、耳からは「キャー」っという高い声と「オー」っという低い声が拍手に混じって聞こえる。
幸せ。
下野さんに促されて階段を下りた私たちの両側には、私たちの誓いを見守ってくださった方々が並んでいる。一人ひとりが手に持っている籠には、フラワーシャワーの色とりどりの花びらが入っていた。
「おめでとう!」
「サーちゃん、きれいよ~」
花弁と共に投げられる言葉たちに、微笑みと小さなありがとうの声を返しながら、ゆっくりと進む。先輩の腕にしっかりと左手を絡め、右手には生花のブーケ。人々が途切れたところでブーケトスをすることになっている。
次の段取りを考えながら、時々「ありがとう」と微笑みながら進んでいると、何かが顔にあたった。もちろん誰かが投げたフラワーシャワー。一瞬のことで誰が投げたものかはわからなかったけれど頬がちくっとした。ブーケを左手に持ち替えて、右手でちくっとした頬の場所を押さえる。周りの誰にも気づかれないように。そう思って微笑みは崩さなかった。
列が途切れたところで、環先輩と二人で振り返って深く頭を下げる。
「では、花嫁にブーケトスをしていただきます。未婚女性の皆様、お集まりください!」
下野さんのよく通る元気な声に、ワイワイと未婚の友人たちや、サークルや会社の後輩たちが集まってくる。
私は彼女らに背中を向けて、
「いくよ~!」
と叫んで、ブーケを後ろ向きに投げる。なるべく弧を描くように投げた後ろで、
「キャーッ」
という高い声が真っ青な空に溶けていくようだ。
私は今、この中で一番幸せだ。
ブーケが無くなってちょっと淋しくなった右手をふと見ると、白い手袋の中指の下あたりが、赤く滲んでいた。
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