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* 「本当に申し訳ありません!」  大きな鏡に映っている下野さんが、また頭を下げてくれる。 「こういうことがあってはいけないから、薔薇の花弁は使わないことになっているんです。なのに!本当に申し訳ありません!」  鏡の中で頭を下げている下野さんを見ながら、鏡越しに笑ってみせる。 「下野さん、大丈夫ですから。ほんの少し切れただけです。私、こう見えて子供の頃はお転婆だったんですよ、顔に擦り傷なんていつも作ってたんだから」 「奥様は本当にお優しいです。きっとご主人様も奥様のそんなところにも惹かれたんでしょうね。外見の清楚な美しさと比例する優しさに」  下野さんの言葉に「お上手ですね」と微笑んだ。  どうなんだろう、この日だから私はこんな風に寛大なのかもしれない。ううん、環先輩とお付き合いをすることができるようになったから。そして今日を迎えることができたから。  人の優しさなんてそんなものかもしれない。満たされた心を持っていてこそ、優しくなれる。 「血は止まってますからワセリンを少し塗って、その上からお化粧を直しても大丈夫ですか?」  やっぱり鏡越しにそう言ったメイク担当の方に頷いたとき、ノックの音。環先輩が部屋に入って来た。 「彼にはナイショで。心配するから」  近くに立った下野さんに、小さな声で伝えると、 「本当にお幸せですね。私が担当させていただいたカップルの中でも特にそう思います。羨ましいと思ってしまうのは久しぶりです」  とろんと溶けそうな下野さんの笑顔からは、本当に羨ましいという気持ちが伝わってくるようで、私はまた幸せな気持ちになる。 「サーちゃん」  環先輩の声が近づいて来て、その姿が鏡の中に入った。  白いスーツがとても似合っている。鏡の中の白いスーツ姿の先輩を見て、今日が夢ではないと感じたら涙が滲んできた、幸せすぎて。 「これ、外すの?」  そう言って先輩は私の頭から外されたベールを鏡に映して見せる。  嬉しい涙で膜を貼った瞳で見た真っ白なベールが、あの日のゲレンデを思い出させた。  まさかこんな幸せな瞬間が訪れるとは思っていなかった、あの日のゲレンデで環先輩はまだ私の隣にはいなかったから。
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