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鬼はまだ環先輩とヒロミ先輩の間にいる。ここから見える人の頭の間で、歌いながら見え隠れしている。
あの音を時々響かせながら。
赤い糸・・・環先輩とヒロミ先輩の間にはそれがあるんだろうか。二人の小指には見えないそれが本当にあるんだろうか?鬼にはそれが見えているんだろうか?
じゃあ、私の小指の先には?誰かに繋がる糸があるの?・・・
口を押さえていた左手を静かに離した。
今、この小指の先から環先輩に向かって赤い糸が伸びているとは思えない。私の小指の先にある糸は、きっと環先輩には繋がっていない。
だって鬼はこちらを見ようともしない。
私の心の深い深い所にある濁った沼のような場所から、赤い液体が巡り始めていた。それはさらさらとした血液に混じりながら、私を侵食していく。
嫌だ。
先輩がいい、環先輩がいい、どうしてもどうしても、環先輩と結ばれたい。
羽音のような声は相変わらず気持ちよさそうに歌ってはシャキーン、シャキーンと鋭い音を響かせている。
私はもう一度、目を閉じた。そして心の中で強く願ってしまった。
切って。
あなたの側にあるその糸を切って。
心の深い部分で鬼に向かって言った。
今、あなたのいる場所にあるその糸を。環先輩とヒロミ先輩を繋いでいるかもしれない、その赤い糸を切って。
お願い、切って!切って!!
鬼の歌声が止まった。
私は強く目を瞑った。自分の左手の小指を掌の中に握り締めながら、もう一度心の底から願う。
その糸を切って!!
シャキーーン
今までよりも少しだけ大きい、質感を含んだ音が薄暗い部屋に響いた。ただその音も誰かの鼾より大きくはなかったと思う。
私は目も、口も、左掌も強く結んだまま眠りに落ちていった。最後に聞こえたあの音に安心したような感覚を抱きながら、微かな震えは止まらなかった。怖かった。それは鬼の存在なのか、自分の体内に流れるどろりとした何かを知ってしまったからなのかはわからないまま、深い眠りの中に落ちて行った。
夏と同じように、楽しく賑やかに過ごした冬合宿の3日間が終わった。
(鬼を見た夢)を見たあの仮眠部屋には、もう入ることはなかった。男女別々の部屋。私はヒロミ先輩たちと温泉に入ったり、女子部屋でも楽しく過ごした。
やっぱりあの鬼は夢だったんだと思ってほっとしたのは、帰りの車で環先輩とヒロミ先輩が同じ車になったから。
やっぱり夢だったんだ。私の嫉妬心が見せた夢。
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