2、過去(はじまり)

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2、過去(はじまり)

 〈なんでもスポーツを楽しむサークル〉  入学して間もないキャンパスで、そんな変な名前のサークルのフライヤーを手渡してきたのは3回生の男性。ずば抜けてかっこよくもないけど、魅力的な笑顔の背の高い人だった。その人の隣にいた男性に、私が一緒にいた友人が声をかけられた。 「明日、飲み会をするから覗いてよ。入るかどうかはそれから決めてくれればいいから。もちろん参加費は無料!」  大学生活を謳歌している感じのその先輩に、一緒にいた友人が一目惚れしたのが私たちが通称〈ナンスポ〉というそのサークルに入ったきっかけだった。  スポーツが得意なわけでも、特に好きだったわけでもない私が、友人と一緒に入会手続きをしたのは、フライヤーをくれた環先輩がいたからだと思う。  私にフライヤーを渡してくれた3回生の環先輩は、特に目立つこともなく、無口でもない。スポーツも飛びぬけて上手いわけでもないけれど、どんな種類もそこそこに楽しむような器用な人。優しくて私たち後輩の女子にも男子にも人気があった。  1回生の私にとっては憧れの先輩、そこまでだと思っていた。環先輩は私にフライヤーをくれた頃から既に、同級生のヒロミ先輩と付き合っていたから。  ヒロミ先輩は、長身でスレンダーな体系にストレートの長い黒髪が似合う正しい美人。昨年のミスキャンパスで3位になったって人。私たち後輩にも優しい。二人は素敵なカップルだった。  飲み会の席でも、サークル活動の中でも、二人はベタベタするようなことはなかった。入会してしばらくは二人が交際してることはわからなかったくらいに。  環先輩はヒロミ先輩のものだけど、普段はそんなこと感じさせないから、私もアイドルを見るように環先輩に憧れることができていたと思う。  でもいつからだろう。何気ない瞬間、ヒロミ先輩が環先輩の背中に触れることや、環先輩がヒロミ先輩の髪を撫でるところを見たら、胸のどこか奥がズキンとするようになったのは。  それは初めて体験する苦しい感覚で、時に〈ナンスポ〉を辞めようかと思わせた。でも辞めるともう環先輩を見ることも、会うこともできない。  結局、私は二つの選択肢から苦しい感覚に耐える方を選んだ。  環先輩の姿にときめき、声に耳を澄ませ、動きのひとつひとつを視線の範囲に捉え続けながら、ヒロミ先輩との接触を見ると傷つく。そんな時間の中で、私は自分が環先輩に抱いている感情こそが本物の恋なんだと気づいた。  ときめきと小さな喜びと、チクチクとした心の痛み。繰り返し夜空を見上げる切なさと、そこで思い出すわずかな接触の記憶の中に幸せを探した。  講義が終わった教室で、二人の姿を見るのが嫌だから今日はサークルに行かないと思うくせに、それを実行した日は一晩中後悔して、次の活動には絶対に参加するとバイトの日程を調整したり。  もう諦めると飲めないお酒を呑んで一人帰った部屋で泣いたあと、サークルの集合写真を破ったくせに、翌朝にはセロテープで修復していたり。  環先輩が何気なく頭に手を置いてくれた日は、髪を洗いたくないと思ったり。  夏合宿のあとは、サークルの退会届を何度も書いて破り捨てていた。    そして、あの冬の夜は来た。
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