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4、過去3(赤い糸)
体の奥の方で震えている。少しでも隠れたくて、芋虫が縮こまるように毛布の中に潜ろうとしたとき、誰かがさっきより大きな鼾をかいた。
鬼の音は消える。それは人が起きるかもしれない気配に鬼が消したのか、鬼の音自体が小さくて鼾の音に消されたのかはわからない。
大きな鼾は一度だけだった。
そしてまた、小さな鼾の音にみんなのスースーという寝息が混じる。
あの音はしない。
もしかしたら夢を見ていたのかもしれない。起きているような夢。今の大きな鼾で本当に目覚めた。そう思うのが自然。
ちょっと体の力が抜けかけたとき、また
シャキーン
あの音!今度こそ夢じゃない!環先輩!
怖いけれどやっぱり環先輩が気になって、頑張って薄く目を開けてみる。
一度閉じた瞳が暗がりに慣れる前に、今度は違う音。それは耳元で飛ぶ蚊の羽音のように、小さい中でも強弱がついて感じる。
歌?
そしてまた
シャキーン
鋏を閉じる音の後にまた羽音のような音。私はもう一度、全神経を耳に集中する。
羽音のような音は、間違いなく鬼の声だ。そして鋏の音で間隔を取るようにして・・歌っている。
「遠い昔の誓いの契り
絆の糸は色香に縺れ」
シャキーン
シャキーン
なんの歌?
なにを切っているの?
怖いという気持ちは、ピークを超えていたのかもしれない。怖さに麻痺した神経が、私を不気味なほど冷静にする。
そんな私の耳にまた羽音の歌声。
私はもう一度、薄く目を開いて瞳だけで鬼を探した。
鬼はヒロミ先輩のすぐそばにいた。こちらに背中を向けたヒロミ先輩と、環先輩の間のあたり。ヒロミ先輩の黒髪が足に絡まったようで、足を振っているみたいに見える。
そしてまた歌い始める。
「遠い昔の誓いの契り
絆の糸は色香に縺れ」
絆の糸?
誓いの契り?
赤い糸・・・
結ばれる男女を繋ぐ赤い糸の伝説・・・
「遠い昔の誓いの契り
絆の糸は色香に縺れ
ちょっきんなあ」
赤い糸を切っているの?ここにいる人達の赤い糸を?
シャキーン
いや、まだ何かを切った音ではないね、鋏を開いたり閉じたりしているだけ、歌に合わせて。
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