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店の中ではタオルを頭に巻いたおじさんが、大きな声で宣伝をしながら、汗だくになりながら手際よく串に刺さった肉を焼いている。焼きあがったそばから売れていくため、おじさんはお客さんの対応もしながら、立ち止まることなく動き続けていた。
「なあ坊主。もうかれこれ三十分くらいは俺が肉を焼く所をソコでずっと見てるけど、そんなにコレが面白いのかい」
おじさんに話しかけられて脚の痺れに気がついた。
ようやく一区切りついたらしい。串に刺さった真っ赤な生肉を、新しく並べ終えたおじさんは、スポーツドリンクを一口だけ飲んで僕に話しかけてきた所だ。
モクモクと噴き出してくる白い煙が目にしみたけど、赤色から茶色に変わっていく様子が面白い。焼けていく肉からにじみ出る脂がたれる度に、ジュワッと聞こえる音が気持ちがいい。それに何よりも一番なのは、家で母さんがフライパンで焼く肉なんかと比べられないくらい、お腹が空いて空いてしかたがなくなるほどの香ばしい匂い。ツバを何度飲み込んだかわからない。
「僕が肉を焼くと必ず焦がしちゃうから、美味しそうに焼けられる凄いなって思って…」
「坊主くらいの歳で肉焼くくらい出来なきゃ、母ちゃんも心配だなこりゃ」
「僕ね、生まれつき赤色が見えないんです。1週間前、母さんにこのメガネを買ってもらうまで、肉を焼いても火が通った色がわからなかったから、焼き過ぎでこがすか生焼けかしか出来なかったんです。茹でるくらいならできたけど、いつも薄い肉ばかりだったから…」
アッハッハと豪快に笑っていたおじさんは、僕の話を聞いてすぐに笑うのをやめた。腕を組んでフームとため息をつくと、シワが入ったほっぺをポリポリかく。
「事情も知らずに、坊主のこと笑ってすまなかったな」
「ううん。見た目は普通の人と変わんないし、仕方がないです」
「…まあなんだ。俺もあまり器用な人間じゃなくてよ? 最初のうちは、しょっちゅう焦がしてカミさんに怒られてたしな。坊主も今はそのメガネがあるんだし、何度もやって慣れるしかないと思う。料理は好きか」
「好きかどうかは、わかんないです。でも、ウチは片親で母さんしかいないから、僕がご飯作れるようになれば母さんも少しは楽できるんじゃないかなって思ってます」
おじさんは「ホレ、焼けたぞ」と言いながら、ホコホコと湯気が立つ串焼きを一本持って、受け取れと言わんばかり突き出してきた。
「知らなかったとはいえ、坊主の気を悪くさせちまった詫びのつもりだ。ガリガリなんだからしっかり食え」
お礼を言ってかぶりつくと、こげた醤油が口の中いっぱいに広がった。肉はこれっぽっちも硬くなくて、一回噛むたびに甘い肉汁が溢れてくる。最後の一欠片を飲み込むと、自分でもビックリするくらいの満足感がお腹から伝わってきた。
お礼を言って串を捨てるとスマホが鳴った。画面を見ると、幼なじみのショウコからである。おじさんが「彼女か?」なんて聞いてきたけど、正直そんな風に考えたことがなくてビックリしてしまい、噛み噛みになりながら全力で否定してしまった。口の中をちょっと火傷したっぽくてヒリヒリする。
「おじさん。後で買いに来たいんだけどこれって、まだ売り切れないよね?」
「心配すんなって。まだ祭りは始まったばかりだからな」
おじさんの店を離れて、僕は会場の入り口にある鳥居の所まで急いだ。
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