3.M 26:46

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『──もしもし、コウさん? 大事な話があるんだけど……今、いい?』  ずっと聞きたかった優しい声。どんなに心が乱れていてもこの声を聞けば魔法のように凪いだのに、今は頭に血がのぼって否定的な感情しか生まれてこない。 「……そうなの? 奇遇だね。私も大事な話があるんだ」  コウは自己防衛本能がハルをシャットアウトしようとしているのを感じ取った。強がらないと今にも心が折れてしまいそうなのだ。 『じゃあ……コウさんから先に話してくれる?』  ハルが何を話そうとしているかは容易に想像がつく。それが非常に言い出しにくいということも。 「この間、マユミさんから告白されたんだって? キスもしたって聞いたけど」  電話の向こうでハルが息を飲むのがわかった。本当ならこんなことは口にしたくもない。それだけに自分の声が発した言葉は一際鋭く胸に突き刺さった。 『それ、誰に聞いたの?』  嘘でもすぐに否定してくれないこと、そしてどこかで聞いたようなやり取りに如何ともしがたい失望がこみ上げてくる。 「マユミさん本人だけど? ……私と違ってかわいいから、ハル君ともお似合いだよね。家も近くて会いたい時に会えるし、いいんじゃない?」  違う、こんなことを言いたいのではない。わずかに残った冷静な自分が慌てて警鐘を鳴らすが、コウの心はもうすでに強い絶望で占拠されていた。 『あ、いや……コウさん、ちょっと待って。マユミさんからは確かに好きだと言われたし、キスも……』 「やめて! 聞きたくない! 私たちもう終わりだから!」  急激に怒りが沸点へと達し、コウは生まれて初めて感情を抑えきれずに叫んだ。すぐそばを行き交う人々が何事かと立ち止まって注目する。恥ずかしさと惨めさに俯いたまま立ち上がった彼女は、行く当てもなく歩き出した。その途中でまたスマホが鳴ったが、誰かも確かめずに電源を切る。  今は誰とも話したくない。このままこの世界から消えてなくなりたかった。
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