1.エリキシル・ヴェジェタル

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 その後は和気あいあいとした雰囲気で食事を楽しみ、人見知りのコウもいつの間にかずいぶんリラックスしていた。自分のことを話すのは得意ではないが、みんなとずいぶんたくさんのことを話したような気がする。  テンホーは妻子持ちで、ドラム歴は十四年目。いくつかのバンドを渡り歩いた一番のベテランだ。リーダーとしてバンドのことはビシッと仕切るのに、二歳の娘の話題になると途端に目じりが下がりまくる。スマホのアルバムはもちろん彼女の画像でいっぱいで、毎日最低でも一枚は撮っているらしい。子煩悩な良いパパのようだ。  ダッシュは一番音楽に傾倒しているメンバーだろう。クールで端正な顔立ちであり、彼に憧れる女性も多いのに『ギターが恋人』と公言して憚らない。どこへ行くにも大切に同伴し、先ほどファミレスに着いた際も、ハルとボンがギターとベースを車に置いて行こうとしたら、「バカッ! 誘拐されたらどうするんだ!」と本気で怒ったらしい。 また、過去にきちんとボーカルレッスンを受けたことがあるため、ハルに対してのこの度の教授も自信があるようだ。  ボンは母親の再婚を機に帰国したが、それまではアメリカで暮らしていたのだという。そのためについ英語が出てしまったり、カルチャーショックを受けたり……ということが今も時々あるそうだ。彼が臆せずに自分の意見を言えるのは、育った環境にあるのだろう。ベースを始めたのは「離婚した父親が唯一家に残していったものだから」という切ない理由である。引き裂かれた父子の胸中を思い、しんみりしてしまったコウだが、「ううん、電話やチャットでしょっちゅう話してるけどね」というまさかのオチ付きだった。
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