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だいぶ前に、その人とはすれ違った事があった。
「あ」なんて文字を発したような気がする。
彼は私の言葉に緩く振り返った。
清潔感のある服から、柔軟剤の香りがした。
「なにか?」
「あ、いえ。他人に似てたもので・・・」
「はぁ・・・?」
首をかしげながら訝しげに眉を顰め去っていく彼を見て、私は何故か分からないが、入る気も無かった横の店に入って、頼む気もなかった謎のピンク色をしたスムージーを頼んで写真を撮った。
何か、そんな気分になったからだ。
もしかしたら身体が女の子っぽい事をしたいと思ったのかもしれない。
それからしばらくして、気まぐれに入ったBARで偶然、彼に出会った。
いわゆるゲイバーというやつで、私はそのBARの店長と仲が良かったから遊びに来ていただけだった。
「あ・・・」
思わず漏れた声に、彼は緩く振り返る。
多分もう私のことなんて覚えていないだろう。
というか覚えているはずもない。
だって、すれ違っただけだから。
そう思って私は彼の隣の席へと滑り込んだ。
「お1人ですか?」
名前も知らない女に話しかけられて、彼は長いまつ毛を揺らしたが、直ぐにふわりと唇をほころばせた。
「あぁ。君も?」
「え? えぇ、まぁ。貴方がいたら2人ですけど」
「ははっ! 君って変な事言うんだね」
私は分からないので、首をかしげる。
「ちょっと聞いてよ。彼氏と喧嘩しちゃったんだ」
BARの薄暗く柔らかいライトが彼を照らしている。
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