駅伝

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空の下で 最終話 「優しい風」 東京都高校駅伝大会。10時のスタートから2時間近くが経ち、秋とはいえ気温が上がってきた。 少し暖かくて優しい風が、ぼくの走る道路を吹き抜ける。 この風に乗っていこう。きっとスピードに乗れる。  残り700メートル。 みんなで繋いで繋いで走ってきたこの駅伝もあと数分で終わる。 日比谷のトランペットを聴いて、ぼくは気合を入れなおした。 「ひ、久々にアレやるか・・・」 気合だー!気合だ!気合だ!気合だ! 何処かのレスリング選手ばりの気合い連呼(心の中で)で気合を入れなおす。 1人前を行く黄色いユニフォームの選手に追いついた。 これで51位。あと一人だが、この前にいるのは30メートルほど前にいる内村一志だ。 こんなギャグみたいな方法で追いつける相手じゃない。 残りは600メートルくらい。 ヤバイ!もっと気合を入れないと!! 元気があればなんでも出来る!!行くぞー!! 何処かのプロレスラーの気合い論で黄色いユニフォームの選手のさらに前に出る。 「はあ!!はあ!!」 息が声になってぼくの口から出ていく。喉がいたい。 残りエネルギーが喉から出ていくかのような感覚。 内村一志はまだ先だ。やっぱり根性論だけで追いつける様な簡単なヤツじゃない。 それでも・・・、ほんの少しずつ内村との差が縮まる。 しかし残りは300メートルしかない。内村との間は3秒ほど空いている。この残り距離で3秒は大きい。 内村は勝利を確信してか、ぼくを振り返り笑った。 ただ、内村が息を切らす声が聞こえた。あざ笑うつもりだったんだろうけど、内村の表情は笑顔になり切れていなかった。あいつも苦しいんだ。 とはいえぼくも限界だ。これ以上はスパートできない。 その時、多くの観客が沿道を埋める直線道路の先に、ゴールが見えてきた。直線の距離は200メートルくらいか。 内村が最後のスパートをかけた。 まだ早くなれるの??  心が折れそうになる。 そんな状況なのに・・・ぼくはゴール地点の横で大きな声を張り上げる一団が目に入った。 既に走り終えた名高たちやサポートしてた未華たちが、こちらに向けって声援を送ってくれている。 みんなだ。みんなが大声で応援している。いや、大声というよりも、もはや絶叫に近い。 名高、たくみ、穴川先輩、剛塚、大山、未華、くるみ、早川舞、そして雪沢先輩。 牧野はまだ来ていない。ぼくにタスキを渡して、そのままゴールに向かってる途中のハズだ。  みんなの声を聴きながらも、別の何かが頭に響いた。 「楽しんで走ってる最中に違うこと考えたらそれは相当好きな事柄だもんな」 スタート前、五月先生が言っていた言葉だ。 そして一瞬。本当に一瞬だけど、応援してるくるみとの事を考えた。 何を考えたかって言うと、牧野とかには絶対に言えないんだけど・・・。 くるみにカッコいいとこ見せたいって事だ。 ああ、バカらしい。 でもぼくにとってそれはスゴク大事な事で・・・って、あれ?  そう・・・、そうだよね・・・。そうなんだよ。  そうだよ!悪いか!!認めるよ!こんな時だけど。 しょうがないでしょ!かわいいんだから!!好きなんだよ!! 好きな人の前で・・・諦めるなんて出来る?そんなのカッコ悪い! そうだ。まだ、諦める訳にはいかない! 活動停止でみんなと走れなくなるのは嫌だ。 ぼくは、目を閉じる。 目を閉じた時間は1秒くらいだったはず。 それなのに、いろんな事を思い出した。 仮入部、デビュー戦、富士山登り、新人戦、ケンカ騒ぎ・・・。 そして目を開き、腕を思いきり振った。 五月先生は常に「腕ふり」を重要視する練習方法だったけど、今初めて腕ふりの大事さがわかった。 腕を振ると足も出る、足が出れば早く進める。 「なんだ、まだ早く走れるじゃんか」 そう思って、一気にスパートした。 内村の背中がぐんぐん近づく。 そして内村の真横に並んだと思った瞬間・・・・・ ぼくは駅伝のゴールラインを跨いだ。 抜いたのか?抜けなかったか?       気が付くと、ぼくと内村は芝生の生えた一帯に並んで倒れていた。 何処なのかよく分からないけれど、ゴール地点からほんの数十メートルくらい、スタッフに促されて歩いた様な記憶が薄っすらとある。 2人とも息を切らしたまま仰向けに寝転がっている状態だ。 「はあ・・・はあ・・・」 スタート前、八王子と違ってると思っていた板橋区の空はすごい澄んでいた。 「はあ・・はあ・・・なんだ・・・八王子と同じだな・・・・」 今、ぼくが見ている空は都会とは思えないほど、高くてきれいな青だ。 透き通る様な空。見上げていると、風を感じた。 完走者をねぎらっているかのような、そよそよとした涼しくて、それでいて暖かい不思議な風だ。  ん・・・完走者・・・? ハッと我に帰る。  ぼくは・・・内村に勝ったのだろうか。50位になれたのだろうか。 横に倒れている内村を見る。 「内村・・・」 「はあ・・はあ・・。相原・・・おまえ、うざいぐらいすげえ根性だな」 内村は空を見たまま言った。 「長谷川さんにもその根性で早く告白すればよかったのに」 長谷川さんってのは中学の時に、ぼくが好きになった女子だ。 「か、関係ないだろ。しかもお前のせいで良くない展開になったんだし・・・。なんであんな事したんだよ」 あんな事ってのはもちろん「相原ってオマエの事好きらしいぜ」と言った事だ。 しばらく間があってから内村はぶっきらぼうに答えた。 「オレも長谷川が好きだったからだよ!」 「へ?」 「邪魔したかったんだよ!うるせーな!」 「はい??」 久々に裏声が出てしまった。今日は久々だらけだ。 「そうだったんだ・・・」 「そうだよ」 「大変だね・・・人を好きになるっていうのは」 「は?なんだそれ。他人事かよ。うぜえ」 内村はフラフラと立ち上がり、チームのところへ歩いて行った。 ぼくはそれを見送る。嫌なヤツだけど、まだ、これから先、付き合いは長くなりそうな予感がする。 そこへ、多摩境高校長距離メンバーがみんなで大騒ぎしながらやってきた。 「おーーーい英太ーーー」 みんな笑顔だ。・・・・・・と、いうことは。 未華が大声で叫ぶ。 「多摩境高校、ピッタリ50位!おめでとうーーー!!」 いつ合流したのか五月先生と牧野もいる。 牧野は未華とハイタッチなんかしてる。 五月先生が寝転がってるぼくに言った。 「相原、よくやったな。50位だ。活動停止はない」 「ほ、ホントですか!!」 ぼくはピョンと飛び起きた。 でも、疲れからかフラついてしまった。 バランスを崩したせいで、近くにいたくるみにぶつかってしまった。 ぼくの体がくるみの体にぶつかる。 「あ、ゴ、ゴメンくるみ」 初めて身体が触れたのでぎょっとして慌てる。 「え?いいよいいよ謝らなくて。全力尽くした証だよ。カッコよかったよ」 「え?!そ、そそ、そうかな」 なんだか噛みまくってしまったぼくを見て牧野と未華がニヤニヤしている。 あー、感づいてるのかな。あー、なんだか面倒そうだ。 「よーしみんなー!!」 突然、雪沢先輩が大声を出した。 「記念に全員でハイタッチするぞー!」 「記念?!なんでハイタッチ」 「いいからやるぞ!そんな気分なんだよ」 「お、おーー!!」 普段冷静な雪沢先輩がハイタッチを提案するなんて意外だったけど、この日、この場所、よく晴れた空の下で、ぼくらはまるで優勝したかのようにハイタッチしあって喜びを爆発させた。 ぼくらはまだまだこのチームのまま、活動停止になることもなく続けていけるんだ。 今日のこの喜びはきっとずっと忘れない気がする。 それくらい特別なんだ。ぼくらにとって、このチームは。  駅伝前に感じていた、周りからの冷たい風なんて一体どこに消えたのか。 ぼくらの周りには優しい風が吹き始めていた。 その風を体で感じて、ぼくは思った。  この風に乗っていこう。 何処までも行ける気がする。 そう。冬になっても、年が変わっても。 「空の下で」 第1部(1年生編) 完
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