8人が本棚に入れています
本棚に追加
序章
-----------------
どんなに時が経っても、あの頃の出来事を忘れる事はないだろう。
-----------------
空の下で 序章
それは・・・よく晴れた日、まだ春なのに太陽がキラキラと眩しく感じる空の下での事だった。
正直な話、あんなことをいきなり言われるとは思ってなかった。
いや、言われる場所だということに気付いてなかったという、ぼくが少しウカツだったのかもしれない。校門の周りなんて部活勧誘のメッカじゃないか。
「君、足速そうだよね。ちょっとうちの部、見学してみない?」
のんびりお気楽な高校生活を送ろうと決めていたのにコレだ。
高校に入学して三日目にしていきなり上級生に捕まっちゃうなんて・・・。
そういえば中学の時もこんなだった。
あの時は下校するときに音楽室から吹奏楽部の音色が校門まで聞こえてた。
大ヒットしたハリウッド映画のテーマ曲だった。
海賊をテーマにしたその曲はリズムにノリやすく聴き入ってしまった。
そしてこんな事をつい口走ってしまったのだった。
「かっこいーなー・・・」
入学7日目の校門付近という事もあり、近くで勧誘活動していた吹奏楽部のセンパイがすぐに話しかけてきた。
「あーゆー曲やってみたい?」
「え?」
「キョーミあったらこのチラシ見てね」
渡されたのはチラシというか、いわゆるプリントだ。
”吹奏楽部 部員募集中”
かわいいイラストでラッパを吹く女の子が描かれていた。
「トランペットかぁ」
楽器が吹けたらちょっとカッコいいかもなぁ。
そんな不純な想いもあって、とりあえず吹奏楽部の見学に行くことに決めた。
でもその時のぼくは、吹奏楽の事は何も知らなかった。
というか「奏」っていう字すら書けなかったんじゃないだろうか。
だって漢字は苦手だし。
翌日おとずれた音楽室には、二・三年生だけで三十人くらいもいた。
そのうち男子は五人か六人くらいしかいなくて、女子が二十五人くらいなので賑やかかで賑やかで。
楽器吹いてなくても曲になってそうな勢いだった。
・・とか言うと怒られそうだ。
ぼくと同じく見学に来た一年生は六人いて、男子はぼくともう一人だけ。
そのもう一人の男子は、なんだかニヤニヤしながらぼくに話しかけてきた。
「英太、おまえも吹奏楽部?ま、楽しくやろうぜ!」
でかい声でそう言うこいつは小学校からの友達の日比谷だ。
ああ、そうだった。
ぼくは日比谷と話すのが楽しくって、それで日比谷がいるならってことで吹奏楽部に入部する決意をしたんだった。今思い出した。
例の海賊の音楽だけじゃなかったんだったな。
数年前の事なんて人間すぐに忘れるものだね。
入部してから、ぼくはすぐにトランペットの担当になれた。
別に大会に出たいなんて気もないし、演奏が上手になりたいなんて強く思うこともない。
ただみんなと、そして日比谷と、楽しくブンチャカやってたかった。
幸い、ぼくの中学の吹奏楽部は強くなく厳しい指導もなかったし、先輩との上下関係もゆるくて気楽だった。
それから随分経って、あれはいつ頃の事だったっけな。
一年生の秋くらいだったっけか・・・。それとも、もう冬だったっけ・・・。
日比谷が練習の合間にポツリと言ったんだ。
「なあ英太。おまえこんなテキトーな感じの演奏だけで楽しいか?」
いっつも笑ってばっかりな日比谷なのに、この時は笑ってなかった。
だから覚えてる。日比谷の真顔なんて滅多にないから。
「うーん、まあなんとなくかなー」
「なんとなく、か」
なんとなく。
それ以後、いや、それ以前からぼくの中学生活はなんとなくだ。
なんとなく、なんとなく学校に通っていた。
気が付くと、日比谷は部活に来なくなっていた。
キッカケは後から思えば、なんとなく発言のあの日だった気がする。
日比谷がいないとぼくもあんまり部活する気にはなれなかった。
その頃、気づいた。ぼくは別に吹奏楽がやりたいわけじゃないんだな、と。
打ち込めてない。ただ単に騒ぎたかっただけだな、と。
でも退部せずに続けた。別に心を入れ替えた訳じゃない。
なんとなく・・・だ。
辞めるって先生に言うのもなんか怖いし。
それなりに吹いて、それなりに勉強もして、それなりに恋愛もして、それなりに振られた・・・。ああ、振られた話はいいや。思い出すと切なくなるもん。
ただね、それなりの勉強ってのも役に立たないことはない。
高校は学区内では平均的な学力の多摩境高校に進めたんだ。
高校の入学式の時、後ろから声をかけられた。
「英太、おまえも多摩堺高校だったん?ま、楽しくやろうぜ」
声の主は日比谷だった。また同じ学校で、しかも同じクラスだ。
「今日まで知らなかったのかよ」とか思いながらもホッとしたんだ。
また日比谷とくっだらない話題しながらやってけるなぁって。
できたら今度こそかわいい彼女なんかみつけて。
欲を言えば、ちょっと目がくりくりっとしたボブが似合うコと。
そう思ってた。すいません。謝ります。人は見た目じゃありません。
でもそんな平和な夢見て平和にやっていくという夢は、入学して三日目の校門で、少し茶髪の上級生に砕かれた。
「君、足速そうだね。ちょっとうちの部を見学してみない?」
ジャージを着たその上級生の胸のところには陸上部と描かれていた。
この言葉が、なんとなく生活をしていたぼくの運命を大きく変える事になるとは。
この時のぼくには、この先に訪れる数々の試練も楽しさも恋も、想像する事すら出来ないのだった。
最初のコメントを投稿しよう!