駅伝

5/8
前へ
/86ページ
次へ
多摩境高校は28位で3区の穴川先輩に繋いだ。 50位の目安としていた葉桜高校は一区の秋津伸吾の好走があって11位でこの中継所をスタートさせていたので、もう目安にも何もならない。 「どっちにしろ、思いきり走ればいいんだろ」 穴川先輩はそう考え黙々と走っていた。 ぼくから見ても穴川先輩はパワーがあるわけでもスピードがあるわけでもない。 最初から最後までただ黙々と走る人だ。 夏の合宿までは本当にそれだけな感じだった。 淡々と走るだけでラストスパートも何もないからぼくや牧野でも勝てるようになっていた。 ・・・でも、穴川先輩は変わった。 合宿の何がそうさせたのか、穴川先輩に聞くわけにもいかないから理由はわからないけど、確実に変わった。 淡々と走る・・・という表現には実は変わりはない。ただ、最後の最後までペースが落ちない。 早くなったり遅くなったりしがちなぼくと違って、常に安定したタイムが出せるんだ。 その安定さを買われて、8キロという長丁場の3区を任された。 7キロが過ぎ、周りの選手がスパートをかけたり遅れていったりしだした。 しかもさすが28位で受け取っただけあり、周りの選手は早い早い。 それでも穴川先輩はペースを崩さずに走っていた。 「ペース変えて乱れてどうすんだ」 心の中でそう思ったという。 でも、最後の直線で次の剛塚の姿が遠くに見えた時、頭の中に怒りが沸いた。 「あいつ・・・!!」 剛塚さえ現れなければ、安西が陸上部に絡んでくることもなかった。 剛塚さえ現れなければ、雪沢がケガすることもなかった。 剛塚さえ現れなければ、50位内でなければ活動停止なんて条件つかなかった。 剛塚さえ現れなければ、今、こんなスパートかける気にもならなかったのに! 「くそおおおお!!」 穴川先輩は普段なら絶対にしないラストスパートをかけていた。 「そんなにオレらと走りてーなら順位上げてきやがれ!!」 そう叫んで剛塚にタスキを渡した。 どこにも向けようがない怒りを走りにぶつけたのだ。と思う。 この時点で多摩境高校は37位だった。 剛塚は穴川先輩からタスキを無言で受けた。 順位上げるなんて無理だ。と思った。 このチームの中で大山の次に遅いのはオレだ、と自分でわかっていたからだ。 それなのに五月先生は剛塚に4区、8キロを任せた。長丁場だ。 後半の6区、7区は初めから牧野とぼくに決めていたらしい。 6区、7区は両方とも5キロ。牧野もぼくが最も得意とする距離だ。 ならば8キロは誰にするか。 たくみ・大山はそんな長い距離はムリだ。となると・・・という消去法だったらしい。 でもぼくはこれで正解だったと思う。 剛塚は燃えると爆発するヤツだ。 まるで爆弾だ。危険という意味も含めて。 爆弾こと剛塚は、穴川先輩に「順位上げてきやがれ」と言われたことを考えながら走ってた。 「そんなんで許してもらえるのか??」 そう思わずにはいられない。 中学では陸上部に暴力的態度で絡んだくせに、五月先生に「そのエネルギー違うことに使えよ」と言われたからというだけで、五月先生の率いる陸上部に入り、合宿では牧野と殴り合い、秋には安西に絡まれる原因となり、終いには雪沢先輩のケガの原因にまでなった。 「この部のヤツらはおかしい!」 剛塚はずっとそう思ってた。 次々と問題を起こしてきたのに、みんな剛塚に「おまえ、迷惑だから辞めろよ」的な事は言わなかった。 いや、言った事はあったが、今こうして選手として選ばれるほどに普通に接してくれている。 むしろ、一緒に続けていきたいという反応ばかりだ。 「この部のヤツらはおかしい!」 今、どんどんと他校の選手に抜かれて行っている。 順位は下がる一方だ。迷惑なだけだ。 なのに時折、路肩でもう出番の終わった名高やサポートの女子陣たちが叫ぶ。 「ファイトー!!剛塚くん!!」 「あと少しだ!頑張れー!!」 おまけに雪沢先輩までもが応援していた。 「剛塚ーー!!頼むぞー!!」 剛塚は不覚なことに走りながら泣きそうになった。 「男が泣いてどうすんだ・・・クソが」 そう思い、歯を食いしばって走り続けた。 途中、路肩に赤い髪の男子学生が見えた。 そいつは腕を組んだまま眉間にしわを寄せて、複雑な表情で剛塚を見ていた。 「安西・・・?」 そんなバカな。あいつが駅伝なんか見に来るわけがない。 そう思ってから前を見ると、中継ポイントが見えた。 大山が大きく手を振って待っている。 それを見て、剛塚は思った。 大山には悪いことをした・・・・と。 中学から今年の夏までずっとパシリとして使ってた。 すげえ長い間辛かったハズなのに、今、なんだか手を振って応援してる。 「あいつが一番おかしいよ」 剛塚はスパートかけながらそう思った。 そしてタスキを肩から外し、右腕に持つ。 「大山ー!!頼むぞーー!!」 言われた大山は一瞬ポカンとしたが、すぐにニコッと笑った。 「頑張るよ!!」 そして剛塚は大山にタスキを渡した。 もう、パシリで何かを頼むのではなかった。 大山を信頼し、4区までの意思を渡したんだ。 4区終了時点で多摩境高校47位
/86ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加