駅伝

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殴られる!! 大山は剛塚からタスキを受け取る時、そう思った。 なにしろ剛塚が鬼の形相で走り迫ってくるんだ。中学の時の不良行為を見ていた大山にしてみたら「殴られる」と思うのもムリはない。 突っ込んでくる姿は大型タンクローリーのような迫力だ。 そんな剛塚はタスキを渡す瞬間「頼んだぞ」と言った。 ・・あの剛塚くんが? 大山はほんの一瞬、中学時代から今に至るまでの色んな出来事に思いを巡らせる。 タスキを受け取り、前を向いて走り出した時、すでに大山の目は潤んでいた。 走るのは5区の3キロ。 別に大山が3キロが得意という事で選んだわけじゃない。 ただ単に選手としては「遅いから」せめて短い距離にという形で当てただけだ。 でも大山は悔しいとか思ってない。 みんなと同じ駅伝選手に選ばれただけで嬉しかった。 中学では剛塚や安西だけではなく、クラスのいろんな人からパシリにされたりシカトされたりして、学校に行くたくないって気持ちが強かった。 「デブ!」「白デブ!」「ブタ!!」「白ブタ!!」「肉!!」「廃棄ミート!!!」 中学生は悪口言うのに何の躊躇もなくて、心が砕けそうな事も平気で言う。 でも剛塚は他の生徒と違い、口での攻撃は無かった。  目が死んだ様になりながらもなりながらも何とか卒業する頃、その剛塚は何故かイジメから手を引いた。 これは例の五月先生と陸上部が絡んだ事件の影響なのだけど、大山がそれを知ったのは、ぼくらと同じくこないだの乱闘事件の時だ。 「やっぱり剛塚くんは悪い人じゃなかったんだ・・・」 大山はそう確信した。 中学で3年間もイジメられておきながら大山にはそう思える。 大山が寛大すぎるのか、剛塚のイジメに加減があったのか・・・。 加減があったとしてもイジメはイジメなのだけど。 高校ではイジメられないためにも運動部を選びたかったという。 大山の中には「文化部の大人しいヤツは攻撃の対象になる」という考えがあった。 とはいえ球技は得意ではないので、単純に走るという陸上部を選んだ。 ダイエットすれば「ブタ!!」みたいな事を言われることもないかと思って。 練習はキツかった。走る時間より歩いてる時間の方が長かった気もする。 それでもぼくや牧野は大山をバカにしたりはしなかった。 だって、一番頑張ってる気がしたんだもん、大山が。 いろんな事を思い出しながら走る大山は涙が出まくってた。 絶対に50位内でゴールして、長距離を活動停止になんかさせない!! 涙でぐちゃぐちゃになった顔でそう思いながら走る。 他校の選手に次々と追い抜かれていく。 しかし、抜かれても抜かれても、抜かれても抜かれても、最後まで全力で走った。 3キロを走りきり、牧野にタスキを渡すと、大山は「おおおおーーー」と空に叫んだ。 やりきった雄たけびだったんだと思う。 しかしこの時、順位は61位まで下がっていた。 「な、なんだぁ?!」 牧野はタスキを受け取って走りだして、すぐに後ろから大山の「おおおおーーー」という叫びが聞こえたのでビックリして振り返った。 「うわあ・・・すげえあいつ・・・全力出し切ったんだろうなあ・・・」 牧野は再び前を向く。 「オレも全て出し尽くさないとな」 落ち着いて呟く牧野だったけど、内心は焦ってた。 すでに順位は61位まで下がっている。50位内に入るのが絶対条件なんだから、牧野とぼくとで11人は抜かないといけない計算だからだ。 「オレで5人。英太で6人・・・かな」 牧野は走りながら作戦を練る。 「でも待てよ?英太と同じ数くらいだとなんだか嫌だな。オレで8人、英太で3人にしよ」 変な理由だけど、牧野は腕振りの振り子を大きくしてスピードを上げた。 それにしても・・・と牧野は思う。 「英太のヤツ・・・けっこう早くなったなあ・・・意外だったな・・・」 4キロを過ぎた時、前に見たことのあるユニフォームを見つけた。 黄緑色に白字でHAZAKURAと書いてあるユニフォーム。ゼッケンは50番。 「葉桜高校か・・・」 目安としていた葉桜高校がいた。 1区の秋津伸吾が5位で通過したのに、ここまで落ちてきてる。 「もしかして・・・・50位・・・・イケるんじゃなーか??」 牧野は葉桜高校を追った。 しかし距離はほんの少しずつしか縮まらず、あと200メートルになっても葉桜高校には追いつけなかった。 葉桜高校の選手の先に、次の中継所が見えてくる。そこにぼくの姿を見つける牧野。 「英太・・・!!」 ぼくの横にはやはり葉桜高校のアンカーの選手がいて、ぼくと同じ様に応援の声を張り上げている。その選手を見て、牧野は驚いた。 「内村・・・一志・・・・」 中学時代にぼくの恋愛をジャマした、例のヤツだ。 そして牧野は笑った。 「ここで内村一志が相手なんて・・・面白いじゃんかよ!」 心でそう叫び、次に牧野は実際に大声を出した。 「決着付けてきやがれ!!」 怒涛のラストスパートで葉桜高校の選手に追いついた。 そうしてタスキはぼくの手に渡った。 葉桜高校の内村一志とぼくは、ほぼ同時スタートとなった。 「よし」 走り出す!みんなの想いを乗せたこのタスキを持って。
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