駅伝

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少し時間は遡る。 名高の1区スタートを見送った後、ぼくは1時間30分以上は何も出番が無かった。 その間、各中継ポイントにいるサポート係から色んな情報が送られてきていた。駅伝大会はみんながバラバラな場所にいるからメールとかのツールは超便利だ。 試合中にメッセージのやり取りをしているというのは少し不思議な感覚もするんだけれど。 『名高くん、なんと23位で通過!50位なんて余裕かも?!』 というくるみのメッセージを見た時は思わずガッツポーズしてしまった。 『たくみ28位で通過』 これは早川舞からの文章、感情が伝わって来ない。 『穴川先輩、珍しくラストスパートしてた。ちょービックリ』という未華からの驚きのメッセージや『剛塚、大山に殴りかかりそうになりながらタスキリレー』という、ゴールしてすぐサポート係もしてる超人名高からの情報を受け取ってから、やっとウォーミングアップを始める。 ややあって再びくるみから『大山くん涙流しながら通過、牧野くんスタートしたよ。61位だよ。頑張って!』 という内容を受け取った時、初めて不安を感じた。 61位・・・・・。 あと11人を牧野とぼくで抜き返すことが出来るだろうか?? 6区の牧野のスタートからはすでに15分が経過していた。 牧野の実力からすると、あと約2分でここに来るはずだ。 ぼくのサポート係をしてくれるのは五月先生に内容を伝えた。 「そうか。61位か。微妙なラインだな。んーしかしだ、ようやく出番だな相原。活躍してこいよ」 ぼくの背中をバシッと叩き笑顔でそう言う。 「が、頑張りましゅ」 うわー大事な日にかんじゃったよ。ましゅって・・・赤ちゃんか。 すると五月先生はぼくの頬をぐにーっと左右に引っ張った。 「いでーーー!な、な?」 思いきりってワケじゃなかったみたいなので、そんなに痛くはなかったけど大声出した。 「なにすんですかー!」 「いや、なんか緊張してるっぽかったからな。ちょっと引っ張ってみた。柔らかいな」 「叩いてみた??何なんですか全く・・・」 おかしな先生だ。今どき、こんなことしたらPTAになんか言われるよ。 ぼくはブツクサ言いながらジャージを脱いで、ユニフォーム姿になる。 後1分くらいで牧野が来る時間だ。 中継ポイントで体をジャンプさせたり腕ふりしたりして体を冷まさないように待ってると『葉桜高校、多摩境高校、来ます』とメガホンでスタッフが叫んだ。 葉桜高校?こんなに順位落ちてたのか。やっぱり良い目安だな。 ぼくと葉桜高校のアンカーが中継ポイントに並んで立つ。 その葉桜高校の選手を見てギョッとした。 そいつは中学の時にぼくの片思いをジャマした、内村一志だったからだ。 内村もぼくに気づいた。 「お、相原じゃん。偶然だな。また負かしてやるよ」 ぼくは内村一志には新人戦の5000メートルで15秒くらい負けた。 それに、ぼくの片思いだった長谷川さんって女子に「相原ってオマエの事好きらしいぜ」とか言いやがった最悪なヤツだ。内村だけは許せない。 こいつと駅伝のアンカーで一緒になるなんて・・・なんかの因縁か。 「今度はぼくが勝つよ。悪いけど」 ぼくは精一杯イヤミったらしく言ってみた。 牧野と葉桜高校の選手がデットヒートを繰り広げながら走ってきた。 「牧野ー!ファイトー!!」 ぼくが叫ぶと牧野はぼくと内村を見て少し驚いた表情を見せてから叫んだ。 「決着つけてこいー!!」 そうしてほぼ同時に内村一志とスタートを切った。 54位でのタスキリレーだった。 ぼくの走る最終の7区は5キロだ。 ぼくの得意とする距離。54位ということはあと4人抜けばいいんだけど、目の前にいる葉桜高校の長身選手、内村一志がなかなか抜けない。 「くっそ」 誰も抜けないまま、あっという間に2キロを通過した。 え・・・もう2キロも走ったのかと、だんだん焦ってくる。 50位以内に入らないと活動停止・・・。しかもこの期限がよくわからない。 その上、目の前の内村一志に勝つ宣言したばかりだ。 やばい・・・まずい・・・。 ここは一度、ペースを上げるしかないか。 ぼくはちょっと無理をして内村の前に出た。 驚いた内村はぼくよりさらにペースを上げて前に出た。 「はあ・・はあ・・・こ、この・・・」 内村と横に並んで同じスピードで走る。 遠目から見ると長身の内村一志と並んで、まるで仲良しの兄弟の様に見えるかもしれないと思い至り、やたらと腹が立つ。 絶対に内村から遅れてなるものか。 3キロを通過した。 ずっと内村と並んで走った。内村が少しでも前に出ようとすれば、ぼくはすぐに追いつき、ぼくが前に出ようとすれば内村も「ぬーーー」とか言いながら追いついてきた。 その間に他の学校の選手を一人抜いた。ぼくと内村で52・53位を走る。 「あと2人・・・」 そう思った瞬間だった。また内村が前に出た。 すぐにぼくは内村の横に並ぶ。 ところが今度は並んだ瞬間に内村がさらに前に出た。 そしてそのままペースアップをして少しずつ差を広げていく。 「く、くっそ・・・」 慌てて追いかけようとするが、もうこれ以上ペースを上げられそうもない。 しかもまだ2キロくらいある。今、ペースアップ出来たとしても、絶対にゴールまで持たない。 ぼくは歯を食いしばり、拳を力いっぱい握りしめた。 それは追いつけなくって悔しいからだ。 やっぱり内村の方が底力は上なのか・・・。 4キロを通過し、残すは1キロとなった。 この間に1人抜いて52位になった。 20メートルほど前には黄色いユニフォームの選手が一人と、その5メートルほど前に内村が見える。 でも、見えるだけで前との差が縮まる感じがしない。 無理か・・・。 そう思った。 50位にも、内村にも、届かない。 活動停止・・・漢字4文字がぼくの頭に浮かんだ。 その時だ。 左前方から聴き慣れた音がした。 聴き慣れてはいるけれど、こんな駅伝大会の沿道から聴こえて来るはずのない音だった。 それはトランペットの音だった。 誰だ、こんな所でトランペット吹いてるのは。高校野球じゃないんだぞ。 その方向をチラリと見て、ぎょっとした。 トランペットを吹いてたのは吹奏楽部の日比谷だった。 1人で思いっきり吹いていて、周りの観客や応援してる人から白い目で見られてる。曲は「天国と地獄」だ。 「な、なんだあいつ・・・」  ぼくが日比谷の横を通過した時、日比谷はトランペットを口から離して絶叫の様な声をあげた。 「ここから逆転したらスッゲーぞー!!地獄じゃなくて天国見てこいー!」 アホかあいつ。意味わからん。  だいたい応援に来てくれてるなんて聞いてないぞ。来るならちゃんと来るって言えよ。 違う部なのに応援に来てくれるなんて・・・カッコ悪いところ見せれないじゃんか。 「はあ・・・はあ・・・よし」 残り800メートル。ぼくは最後の力を振り絞る事にした。 天国か、地獄か。結果はどちらでも、力は出し尽くすべきだ。 ここで・・・全てが決まる。
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