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 サトコはいわゆる、クラスの中心的人物と言うやつで、2年の時には学級委員長だったときもある。体育祭や文化祭のときは、手際よくクラスをまとめていた。  彼女の声は大きくて良く通った。さばさばとした性格で、誰にでも隔てなく平等に接し、クラスのルールには厳しく、委員長気質なところもあった。持込が禁止されていたモバイルバッテリーが見つかった時は、火のように怒っていたっけ。  俺はサトコのことを考えながら家に戻った。センター試験まであと3週間。受験生はそろそろ追い込みの時期だ。試験日や願書の関係で、高校3年生のクラス全員が揃って集まる日はもう、ほとんどない。  明日は卒業式練習。サトコと顔を合わさなければいけない。俺の気は重かった。あの場では『考えさせて欲しい』とはいったものの、俺は『どうやって断ろうか』と言うことしか考えていなかった。あの場で断ったほうがよかったかもしれない。俺はできるだけ、波風立たないやり方で、サトコの視界からフェードアウトしようと思っていた。    家に戻って夕食を食べ終えて、俺は自分の部屋のベッドの上でサトコのことを考えた。悪いやつではない。どちらかというと美人のほうだ。スタイルもいい。 そして、俺は俺の気持ちに疑問を持った。放課後呼び出されたときに、なぜ、瞬時に、『好きです』の『す』を聞く前から、断ることを考えていたのだろうか?  俺のA大学の模試判定は『合格圏内』。試験日に寝過ごすことさえなければ、まず合格するだろう。A大学は地元の大学で、どちらかと言うと頭の悪い奴が通う大学だ。実家から通えるし、就職率も悪くないので、俺はそこに進学する予定でいた。母親は、『せっかくだから都会の大学に行ってもいいのに……公立とか』などといっていたが、俺は勉強が苦手だった。だから、A大学に行けばよいと思っていた。  今年の夏、何を思い立ったのか、東京のT大学のオープンキャンパスに行ったことがある。前々から気になっていた理学部がそこにあって、夏休みで時間もあったせいか、俺は東京観光がてらにキャンパス見学に訪れたのだ。  大学の建物字体は古かったが、そこの学生と先生自体は生き生きとしていた。『故障中』『インク切れ』などの張られた実験器具を、学生がどこか嬉しそうに直していたっけ。 「これは溶液中のイオン濃度を測る機械なんだ」  キャンパス見学に訪れている高校生たちに、大学生が説明する。 「古い機械だけど、ちょっとやそっとのことじゃ壊れないんだ。壊れる分、修理できるってこと!ほら、ここの部分なんかは外れるし……」  そこへサトコが現れる。 「ちょっと、トオル君、東京のオープンキャンパスに行ったんだって!?」  もちろん、時系列は飛んでいる。俺が怒られたのは、見学から夢心地で帰ってきて、夏休みが終わって、初日に登校した時のことだ。 「じゃあ、トオル君、東京の大学に行くってこと!?」 「そういうわけじゃないけどさ。ちょっと見てみたくなって」  そもそも、俺の学力でT大学の合格は難しいだろう。 「トオル君は、私と一緒のA大学受けるんでしょ? 東京になんか遊びになんかいっちゃダメじゃん! 勉強時間がなくなっちゃうよ!」  そうしてサトコは続ける。 「トオル君は、私と一緒のA大学に行くんだから!」  そこに東京の大学の学生が現れて、嬉々として機械の説明を始める。 「ええっと、これはpHテキテイの機械だよ。ここの部分がガラスになっていて……」  頭がガクッと落ちて、俺は目が覚めた。どうやら自室の机でウトウトしていたらしい。昨日も遅くまでゲームやってたもんな。受験生とは思えないていたらくだ。俺は首を振って、上体を起こした。  少しだけ考えた後、机の引き出しをあさる。これは……A大学からの受験受理通知の封筒。これがここにあるなら、もっと下だろう。俺は引き出しから書類を引っ張りだす。  東京のT大学パンフレット。『キャンパス見学・8月18・19・20日』なんて書いてあるが、期間はとうに過ぎている。俺に必要なのはこのページじゃない。つるつるした、フルカラーのパンフをめくっていると、俺はそれを発見した。 大学出願の日程。応募はまだ締め切られていなかった。出願締め切りまで、あと4日。だが、願書を取り寄せて郵送するには遅すぎた。
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