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■1
「卒業する前に、言っておきたかったの」
サトコの制服は、夕日をキラキラと反射していた。顔が赤いのは、太陽の光のせいだけではあるまい。彼女は伏し目がちにはにかみ、そして上げた。一方、俺と言えば、これから起きることを、未来予知のように、一言一句まで、予想できていた。
「私、トオル君のことが好き。ずっとずっと、好きだった」
黒と言う色は、全ての光を吸収するから黒色だと聞いたことがある。黒色である俺の学ランは、夕日の光をどんどん吸収しているのだろう。暑くて暑くて、体が火照ってたまらない。
「私たち、ずっと部活一緒だったでしょ。高校の、文芸部。私、トオル君の書いた小説、ずっと読んでた。それで、ずっとずっと、いいな、優しい人だな、って思ってたの」
だが俺は知っている。己の体のこの火照りは、クラスメイトから告白されて照れている体の火照りではない。冷や汗を書く前の、カッする、怒りのような、体の火照りなのだ。
「トオル君、私たち、一緒の大学に行くでしょ。だから、そこでも、一緒に、文芸部に入って、それで……」
彼女の言葉尻がしぼむ。
「私、貴方と、付き合いたいな、って、おもって、ます」
急に敬語になって、サトコは俺から目を逸らした後、その次に俺の目を真っ直ぐと見た。
俺は待った。2秒。3秒。4秒。よし、もういいだろう。
「ありがとう。でもさ、俺、今、受験で大変でさ。サトコさんみたいに、推薦で決まらなかったし、俺、頭悪いし」
「わかってる」
「だから……もうちょっと、返事は、待って欲しい」
■
待ってる、としおらしく言って、サトコは教室から出て行った。去り際に、俺のことを見て、振り返って、にっこりと笑って、受験、頑張ってね、なんて言う。
彼女はクラスの中でも秀才で、先に地元のA大学へ推薦で入学が決まっていた。一方俺は、成績もスポーツも代わり映えしないので、受験でA大学を受けることになっていた。
サトコが去ってからも、俺はしばらく教室に立ち尽くしていた。3年7組、いままで1年間を過ごしてきた教室が、なんだかまったく別の場所のように見えてくる。正確には、サトコの『好きです』の言葉を聞いてから、俺の世界は、がらりと変わってしまった。
いや、違う。正確にはまだ変わっていない。ただ、彼女の言葉が、ドミノの一番最初のピースを倒してしまったのを俺は感じ取っていた。俺の世界が、徐々にぱたぱたと反転していって、これまで覆っていた世界のベールもばさばさとはためいて、なにもかもが変わってしまう。
サトコはクラスメイトで、同じ部活の部員で、俺によく絡んできて、たくさんの話をして、ずっと友達で、俺も彼女のことを好きなのだ、と思っていた。だけど、俺はサトコに告白されて気づいてしまった。
俺はサトコのことが大嫌いだったのだ。
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