歌娘《うたひめ》

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 朝露に雑草が濡れている冬の日。私は独り、散歩をしていた。朝は無いに等しい私が、こうして冬の朝を、昨日の匂いがつくダッフルコートなんかを着て、歩くことには理由がある。其れは物理的な目的ではない。朝ついているテレビに嫌悪の念を向けるような私が、朝から何処かに向かおうとは計画しない。  然し只、(そぞ)ろに歩いているわけではない。自分の行動全てに意味を含有させるほど、人間はできてはいないが、ここまでの奇行には、きちんと意味がある。  名の分からない小鳥が東へ行く。その鳴き声は、おじぎ山へと次第に消えてゆく。ゆっくりとゆっくりと、しかし確かに。―そうして私も過去へと飛んだ。
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