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重野くんをよく観察する。まつ毛は長く、色素の薄い瞳に影を落としている。その表情には「何も映し出されていなかった」。
――否、これは何だ?
この、膨大な、影を落としているような感情は一体なんだ? それを押し殺すこの無表情は一体――?
「……表現したいものを愚直に表現するって、何がいけないことなのかな」
私は数年間ずっと誰にも話せなかったことを、重野くんにポツリポツリと喋った。
「好きとかじゃないの。囚われてるだけ。何が間違っていたのか、私には分からない。ここが好きだった、っていうことを伝えたかっただけなんだけど。それがたまたま赤色の絵の具で……」
ガリガリ、ザリザリと音を立てながら、取り止めのない、抑揚の無い声をずっと吐き出し続けた。
「思い出すために身に着けてるの。上手くいかないこともある、って。自信を持ちすぎてヘマをしないように。何事も過信しすぎないように。何事も穏便に済むように、」
「要するに雫原さんは、」
伏せられていた大きな瞳がきょろりと私を射抜いた。
「何かを思い出すためだとしても、それを身に着けているってことはさ。傍にいられるってことは、きっと“好き”であってるんだよ。人間もそうじゃん。本心は好きじゃなきゃ一緒にいることはできないじゃんか。だからそれでオールオッケーなんじゃね? 自信が無かろうが上手くいかなかろうが、その時持った感情を大切にしたいっていうことは、俺には十分伝わってるよ」
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