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シュッという音と共に火が灯る。
煙草の先端に近づけると、軽く咥えながら吸い込んだ。先程まで向こう側のマンションに隠れていた月が、ほんの少し顔を覗かせてこちらを照らしている。半袖のシャツから覗く腕に少し冷たさを感じながら、だけどそれが心地良いと感じていた。
ベランダに出て一服をする。風呂上がりの日課だ。汗が引くのを待ちながら、煙草を片手にぼうっと遠くのマンションが灯す光を見つめる。誰からも邪魔されることのない空間が真波のお気に入りだった。
セッター吸ってるんだ。そう言って驚いていたのは誰だったっけ。結構重いの吸ってるんだ、一本ちょうだい。
ふと思い出しながら、だけどそれ以上を考えることもなく、室外機に置いた灰皿に煙草をトンと当てた。
「俺も煙草吸う」
ガラガラと真波の後ろにある網戸を引きながら、海斗がそう言ってやってきた。誰かが加わるだけで一瞬で空気が変わるのを感じながら、だけどそれは決して真波にとって嫌なものではなかった。
「ライター貸して」
無言で渡されたライターを受け取りながら、海斗も煙草に火を点けた。お互い無言のまま、静かに時間が流れる。遠くのマンションの、更に向こうの方でぼんやりと赤い光が点いたり消えたりしている。
「明日だね」
真波の発した言葉に、海斗はうんと静かに答えた。
「いま何考えてるの?」
「同じ。明日だなって」
海斗の言葉に、真波の表情がふっと崩れる。
「明日、海斗はきっと泣いちゃうね」
「うるせ」
軽く笑いながら茶化す真波に、海斗はむっとしたような表情を作った。だけどすぐに煙草を口に運ぶ。吐き出された白い煙が、夜空に溶けていった。
「私も泣くのかな」
遠くを見つめながら真波が言った。
「さぁ。真波はあんまり人前で泣かないからね」
真波の泣き顔を思い出しながら、海斗が答える。瞳からいっぱいに涙を零しながら泣く様子とは裏腹に、全く音を立てないのが印象的だった。吸い込んだり吐き出したりする呼吸や、時々喉の奥から出そうになる声の全てを押し殺して涙を流す。
「昔よりかは泣き虫になっちゃったからなぁ、どうだろう」
楽しそうに笑う真波を、煙草を灰皿に置いて海斗は後ろから優しく抱きしめた。洋服越しにも伝わる体温や、シャンプーの香りが心地良い。なに?と笑いながら聞く真波に、別にと短く答えてから離れた。
「ねぇ、あの光の中に私たちと同じ人いるかな」
いるんじゃないという声を背中に受けながら、真波は白く浮かび上がった光を一つずつ順番に見つめていく。その人たちは、どんな今を過ごしているだろう。短くなった煙草を灰皿に当て、海斗が戻ろうと声を掛けてきた。真波の返事を待たずに海斗が室内へと入っていく。
「待ってよ」
そう言って真波も慌てて煙草を捨てる。ふと顔を上げると、そこには綺麗な満月が輝いていた。
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