たまにはこんな日も

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 リベック・スーデルは中央区画の市場を歩いていた。  リベックは身長が低く女顔である事をコンプレックスに思っている19歳の青年だ。  本日は休日で母と二人で買い物に来ていたのだった。勿論荷物持ちとして。  吹き抜ける春の風は爽やかで、昼過ぎの陽気は心地よく、買い物にはもってこいの日だった。  長袖Tシャツにジャケットを羽織って春の風を満喫するリベック。 「それでー後はー」 「まだなにか買うの?僕もう帰りたいんだけど」 「なに言ってるの!これからまだまだ買うわよ!」  大量の買い物袋を抱えて母の後ろを追いかけるリベックは呆れた様な表情を浮かべると、仕方ないとばかりにため息を吐くのだった。  ここは特別指定都市「シーデン市」は科学文明を押し寄せてくる北大陸と、魔術文明を押し寄せてくる南大陸に挟まれた緩衝地帯であり、その両方の文明が交じり合った混沌とした街である。全てを四十五の区画に分け、北大陸の影響の大きい西側と南大陸からの影響の多い東側とで大きく分かれている。そして一番東の端にあり『河向こう』と呼ばれる南大陸の影響を一番大きく受けている場所がある。そこは南北大陸からの不法移民も多く「シーデン」の中で一番混沌と化している場所であるのだった。  リベックは普段、市庁舎の第三十五部署「魔術解析捜査部」に勤めて忙しい毎日を送っている。  この街における魔術に関する事柄の全てを請け負う部署であり、時には命の危険を侵してまで事件の解決をする事すらある。それを解った上でリベックはこの部署に勤めているのだった。  リベックが命の危険があるこの部署に勤めるのは『この仕事の方が街を守っていると気持ちが強いから』なのだそうだ。  けれども今日は休日、母と二人のんびりと買い物に興じるのだった。 「はいリベック、これも持ってね」 「もう本当にいくら買うのさ?僕これ以上は持てないよ」 「えー若さでなんとかしなさいよ、頑張ったらあんたの好きなおやつ買ってあげるわよ」 「うー…それを言われるとやらなきゃいけない気になるのなんでだろう…」  そう言いながら両手いっぱいの荷物を持って、母の後を付いて回るリベック。  中央区画の大きなの広場で毎日の様に開かれている市場で、所狭しと色々な店が出店していた。いつも人が賑わっているが、今日は一段と人多い。何故なら今日は月一度の市場の割引日なのだ。なのでリベックの母は保存用に置いておく様な物も嬉し気に買っていくのだった。その度に荷物が増えるのがリベックにとって辛い所でである。  買い物の途中、 「キャー!ひったくりー!」 という声が聞こえ少々気になって様子を見に行こうとすると、見覚えのある印象的なオレンジの髪の青年がひったくり犯を追いかけていたのだった。オレンジ髪の青年はひったくり犯に追いつくと飛び蹴りを背中にお見舞いし、犯人を押さえつけて関節技を決めていた。  通行人の通報により駆け付けた軍警に男は現行犯逮捕されて連れて行かれた。持ち物は持ち主の元へ戻った様だった。  リベックはそれを間近で見ようと見物人達を避けつつ真正面に来ると、見覚えのある姿がそこにあった。  オレンジの髪と眼鏡が印象的な長身の青年、リベックの勤める部署の先輩であるキアナ・アベーストの姿がそこにあった。仕事用の服ではなくカジュアルなシャツと上着を羽織っていた。 という事は…と周りを見渡せば、十二歳程度の少年の体格で綺麗な金髪の下右目に黒い眼帯を付けた特徴的な人物がそこにいた、部署の上司であるゾーロ・シュヴァルツの姿もキアナと同じくそこに居たのだった。何時ものダボダボの白衣姿ではなく、体格に合ったフード付きのパーカーを着ていた。 「やったよゾーロさーん」 と嬉しそうにゾーロの元へと駆けてくるキアナは、ふと何かを発見したのかゾーロの元へと真っ直ぐ向かっていた歩を何かの方へと方向を変えて進む。その先に居たのは勿論リベックで、思い切り叫ぶキアナはリベックに抱き着いた。 「リベ君ヤッホー!」 「ちょ!?先輩止めてください!荷物が落ちる!!」 「あーごめんごめん」  そう言うとキアナはリベックから離れて少し距離を取る。そうしているとリベックを追いかけて人混みの中を掻き分けて来たリベックの母が、 「あらあら、知り合い?」 とキアナに声を掛けてきた。それにリベックが、 「職場の先輩だよ」 「あらそうなの?息子がお世話になってます」 そうお辞儀をする母に対してキアナはというと、 「いやーオレの方がお世話されてるよー」 ハハハと笑いながらそんな風に言ってのけるキアナに、 「あらー面白い方ねぇ」 とリベックに向かって母は言うのだった。 「ねぇ、リベ君一緒に遊ぼうよ!」 「えー、勘弁してくださいよ、休日まで仕事場の人と一緒だなんて休日の意味が無いじゃないですか。今日はのんびりしたいんです」 「ダメ?」  キアナは首を傾げてニッコリと笑うのだが、 「そんな顔してもダメですよ」 「リベ君て時々オレに厳しいよね」 「そうですか?」 苦笑いをするキアナに首を傾げるリベック。それを見ていた母が、 「ちょっとリベック、あんた言い方酷いわよ!ちょっとくらいいいじゃない」 「でも、買い物は……」 「さっきあんたが離れてる内に殆ど終わらせたわよ、それより人混みに疲れちゃったから帰りましょ」 そんな母の言葉と、嬉しそうにしているキアナとを見て、リベックは、 「解りました!解りましたよ!一旦家に荷物置いてくるのでこの辺りで待っててください」 「やったー!わかったー!」 そう言うと嬉しそうに手を振ってくるキアナをその場に残して、リベックは母と共に家へと戻るのだった。両手いっぱいの荷物を持ちながら帰るのは結構な重労働で、自宅のある団地の五階に着く頃には、はぁはぁと荒い息を上げていた。 「あんた本当に体力ないわねぇ……ま、いいけど」 と言う母に、 「仕方ないだろ」 と答えれば、玄関扉を開いて部屋の中へと入って行った。荷物をダイニングのテーブルに置くと、疲れたと言わんばかりに肩をぐりぐりと回す。それを見て、 「大袈裟ねぇ」 そう言う母に、 「いいだろ別に」 とやや不機嫌に答えつつ、身支度を整えなおすと、 「それじゃ先輩の処行ってくる」 「はいはーい、気を付けてね」 「解ってるよ」 そう言って団地の扉を開いて外へ出たのだった。  市場へ戻ると先程と同じ場所近くのベンチに腰掛けているゾーロとキアナを見つけた。何やら遅い昼食用に飲み物や食べ物を買って食べている様だった。 「お待たせしました」 「こちらこそ済まんな、これの我が儘に付き合わせて」 とゾーロがオレンジジュースを飲みながらそう言ってきた。  ゾーロは見た目が子供なのだが一応上司という事もあり、リベックは敬語で話す様にしている。 「ホントですよ、折角の休みだったのに」 「ごめんてばー。それより何して遊ぼうか?」 「具体的にどんな事したいんですか?先輩は」  キアナにそう尋ねてみると、持っていたハンバーガーを齧りながら少々考えた後、あっけらかんと、 「えーとね、公園で走ったりしたい」 「ちょ!?子供ですか!?」 「えー!ダメ!?」 「僕が運動苦手なの知ってて言ってます?」  運動能力は抜群のキアナなのだが、その分頭の方は残念なのだった。その上とても子供っぽく無邪気さが目立つ。  一方のリベックはというと、市庁舎の試験でトップクラスの成績を取るほどの頭脳は持ち合わせているが、残念な事に運動に関しては壊滅的だった。 「キアナ、買い物に付き合え」  今まで沈黙していたゾーロがそう言い出すと、 「うん、いいよー」 と二つ返事で了承するのだった。 「………ゾーロさん何買うんです?」 「少し東に行って魔術道具屋に行こうかと思うんだが」 「それってどういう物があるんですか?」 「……行けば解る」 「………………はぁ」  そう言って立ち上がるゾーロに続いてキアナも立ち上がると、東方面に向かって歩き出した。  日は傾き始め、これから夕方へ向かう柔らかな太陽の光の中三人は目的地へ向かって歩く。  ゾーロの歩調に合わせてゆっくり進むリベックとキアナ。目的地のその店は三十五区画にあるらしく、中央区画からは少しばかり距離がある。それを散歩がてらのんびりと三人で行く。  おやつが恋しくなる時間の所為か、キアナは市場で買って来たクッキーを食べながら歩いていた。行儀が悪いなと思いつつも言っても聞かないだろうと思い、心の中に留めておくリベック。  そうして辿り着いたのはこぢんまりとした小さな雑貨店だった。外には魔術道具らしき物が吊るされており、紫の靄が薄っすらと立ち込めていてリベックは少々戸惑いを覚えた。ゾーロ達は常連らしく堂々と中へと入って行くのだが、及び腰のリベックは慌てる様にゾーロ達の後を追うのだった。  リベックは魔術の痕跡を紫の靄として見える事が出来るのだ。同じようにキアナは匂いで判別出来るらしい。ゾーロに至っては不明だ。  店の中には所狭しと魔術に使うだろう道具が棚だったり天井から吊り下げられたりしていた。その奥の方にカウンターがあり、眼鏡を掛けた老紳士が何か本を読んでいた。  ゾーロ達は棚の中の物を物色しているらしかったのだが、リベックも興味深い物が多すぎて色々と見て回るのだった。 「リベック、見るのは良いが触るなよ」 「え?どうしてです?」 「呪われている物も混じっている場合があるからな、不用意に触らない方が良い」 「そ、そうなんですか……わ、解りました」 ゾッと顔を青くしながらゾーロに言われた通り眺めるだけに勤めるリベックなのだが、鳥をあしらった細かい丁寧な作りの銀細工の懐中時計を見つけると手に取って眺めてみたくて堪らなくなった。それでゾーロに、 「あの、ゾーロさん……これって触っても大丈夫ですか?」 と尋ねるのだった。  やって来たゾーロとキアナに「これです」と棚の上の懐中時計を指さして大丈夫なのかを伺うリベック。 「これは………大丈夫だな。買ったらどうだ?持っていて損はない物だ」 「大丈夫なんですね…いや、でも買うとは決めてませんけれど…」 と言いつつ手に取り、その繊細な細工を眺める。蓋を開けばシンプルなデザインの文字盤に秒針がカチカチと時を刻む音を響かせる。 「目について気になったんだろう?魔術道具は持ち主を呼ぶからな、手に取りたくなったのなら呼ばれたのかもしれない」 「そう…なんですか?それにしても良いですね、これ」  そう眺めるリベックは何とはなしに値札を見てみた。すると、 「え!?こんな安くて良いんですか!?これ位細かい細工の懐中時計、西の時計屋で買ったら倍どころかそれ以上しますよ!」 「…詳しくは店主に聞くことだな」 そう言われ、リベックは奥のカウンターに居る店主の処へ行くと、店主は老眼鏡を掛けたまま本から顔を上げ「いらっしゃい」と言うと本を閉じて、リベックの懐中時計を見て、 「あの、これ、こんなに安くて良いんですか?」 「えーと……ああ、これね。中々買い取り手が無くてこの値段になったんだよ。これはね持ち主を守ってくれる力があるんだよ、けれど誰も手に取らなくてね……君が手に取ったのも何かの縁だろう、これの半額でいいよ」 と値札を指さしながらそういう店主に、リベックは、 「ええ!?良いんですかそれで!?そんなのでお店やっていけます?」 と少々不躾な事を言うリベックに、店主は苦笑いをしながら、 「常連さんが居るから大丈夫だよ。それでどうするんだい?」 「えと、あの……………か、買います」 「そうか、ありがとうね。きっとこの時計は君を待っていたんだろうね」 そう店主は笑い皺の多い顔に更に笑みを浮かべて、会計をする。リベックは物に呼ばれたという表現が上手く理解できず困惑したままだ。 「このまま身に着けていきなよ。きっといい事あるよ」 「…………はぁ」  値札を取りそのままを渡されて、仕方なく上着のポケットに入れるリベック。 「うん、ありがとうね」  今度西の時計屋で、時計をなくさない様に懐中時計用のチェーンを買おうと思うリベックなのだった。  ゾーロ達も何かを買うらしく、奥のカウンターへと向かって行った。 「結局買ったか、良い買い物をしたな」 「そう………なんですか?」 「そうだよー俺もここで前に同じ様なのあったもん」  そんな風に言うキアナに、 「その、キアナ先輩はその時、何を買ったんですか?」 「ピアスだよ、ほらこっちの耳に着けてる奴」 そう言ってキアナは右の耳を見せて、青い石の付いたリング状のピアスが右の耳たぶにしっかりと着いていた。オレンジの髪に青い石がアクセントになってとても似合っていた。 「へぇ、そうなんですか。ていうかピアス開けてたんですね」  意外そうにそう言うリベックに対し、 「そうなんだー開ける時大変だったんだよー」 と返すキアナ。確かに耳に穴を開けるのだ、大事だろうし大変だろうなとリベックは思い、 「そ、そうだったんですか…」 そう返すしかなかった。けれど少々疑問も生じ、 「…えと、先輩、それを着けてて何かいい事ありました?」 「んー良い事は無かったけど、悪い事は少なくなった気がするよー」  そう聞いて、上着のポケットから懐中時計を取り出すと、まじまじと見る。これにそんな力がある様には見えないけれど、大切にした方が良いのだろうと、先程のゾーロや店主の言葉を思い出して『大切にしよう』と思うリベックなのだった。 「リベック、行くぞ」 と店を出るゾーロに声を掛けられ、リベックは懐中時計を上着のポケットへ入れると急いで後を追いかけた。  店を出るとゾーロが「帰り道に市場に行きたい」と言い出したので、先程の市場へ向かう事になった。  淡い橙の染まり始めた空を眺めがながら、少々肌寒くなってきた風に上着を羽織りなおしつつ、来た時と同じ様にのんびりと歩いて市場へと向かう三人。 「市場で何か買うんですか?」 と尋ねてくるリベックに、本当に面倒くさそうにゾーロは、 「夕食をな、面倒くさくて買って帰る事にした」 「確かお二人って一緒に住んでるんでしたっけ?」 「ああ、これを放っておく訳にはいかんのでな」 二人は一度、問題児キアナを見つめてからそっとリベックはゾーロに、 「……大変ですね」 「……解ってくれるか?」 「……ええ、まぁ」 そんなことを言い合いながら進んで行くと先程の市場に到着した。  今日は割引日なだけあってまだ人が沢山残っていた。時間的にゾーロの様に夕食を屋台で買って帰る客も少なくは無かった。  そして市場に入ると、 「あそこのが美味しいから食べたい」 と言うキアナの言葉に、 「それとあっちの店のサラダも追加でいいか」 と頷いてその店へと向かうのだが、一番人が混み入っている通路だったらしく中々先へ進めない。 「リベ君潰れてない?大丈夫?」 「大丈夫です!それよりゾーロさんは……」 「先に行ったよ」 と体格が小さいのを利用して隙間隙間から素早く動き、キアナが指さす場所にはゾーロが居てもう既に注文を終え料金を支払っている処だった。 「す、素早い…!流石!」 「そだねー」  等と言い合っていると、突然、 「トニー!ようやく見つけたよ!」 という声と共にキアナの袖を引く六十代程の白髪交じりの女性が、キアナの後ろに立っていた。 「えー、オレはトニーじゃないよー」 「……あら、ホントだ。また人違いぃー」  心底疲れた様に言うその女性にリベックは、 「もしかして一緒に来た人とはぐれちゃったんですか?」 「……そうなの、私がうっかりしてたのがいけないんだけれど…どうしようかしら…」 ため息交じりにそう話す女性に、 「あの、キアナ先輩はその人と一緒に居てください、僕市場全体に呼びかけとか出来ないか警備員さんに聞いてきます!」 「おー流石リベ君、オレには思いもつかない事だー凄いなー」 「良いですか、じっとして絶対に、そこから動かないでくださいね!」 リベックが近くの警備員に話を聞きに行ってる間、キアナは、 「そういえばお名前は?オレはキアナだよー」 そう言ってキアナは子供の様な笑みを浮かべると、女性は、 「私はジェニーよ」 と簡単な自己紹介をした。 「ジェニーさんかー可愛い名前だー」 「あら、もう孫もいるおばあちゃんなのよ」 と謙遜するジェニーに、キアナはうーんと頭を傾げて、 「孫ってことは、オレはパパさんに間違われたのかな?」 「そうなの、うちの息子って背が高くて赤毛なのよ、勿論私も今は白髪が多いけれど昔は綺麗な赤毛だったのよ」 キアナは自分のオレンジの髪を指さしながら、 「それで間違えちゃったのかー仕方ないねー」 「ホントごめんなさいねぇ~」 という会話をしていると、早めに戻って来たリベックが戻って来て、 「南側入り口の処で呼び出し掛けて貰えるそうです!行きましょう!あ、でもゾーロさんが…」 「ゾーロさんならここに居るよ」 とキアナは自分の左後ろを指さして、キアナの腕を潜りながら前へと出てくるゾーロ。 「あら?弟さん?おいくつ?」 「……ひーみーつー」 「あらら、もしかして難しい年頃だったりするのかしら?」 「……それもひーみーつー」 「あらあら、困ったさんねぇ…」  そう困った様に首を傾げるジェニーに、 「あー、えーと、取り合えず南側入り口へ行きましょう」 というリベックを先頭にはぐれない様にとジェニーを真ん中に挟んで南側入り口へと四人向かうのだった。  南側入り口に着くと、リベックが小さなテントの下の机に座っている係員の女性に、 「迷子、というか関係者呼び出しをお願いしたいんですけど……」 と尋ねれば、 「はい、承ります。呼び出し相手のお名前をお教えください」 と言いながら手にペンと紙を用意して、 「ジェニーさん、息子さんの名前おしえてだってー」 「はい!トニー・スコットを呼び出して貰えます?」 「畏まりました、それではお客様のお名前は?」 「私はジェニー・スコット」 「はい、承りました。少々お待ちください」  係員の女性がマイクの作動スイッチを押して、メモを見ながら、 『お客様のお呼び出しをします。トニー・スコット様、トニー・スコット様、お連れ様がお待ちです。南口前のサービスカウンターまでお立ち寄りください』 という放送が市場全体に流れた。 「はぁーこれでここに来てくれる筈です」 トコトコと歩いてキアナはベンチを発見すると、 「ジェニーさん疲れたでしょ、ここに椅子あるから座りなよー」 「ありがとうね、あなた、えーとキアナ君だったかしら?は大丈夫なの?」 「オレは平気だよ、ありがとー」 そんな風にやり取りする二人を見てリベックがぼそりと、 「キアナ先輩ってうんと年下かうんと年上かに好かれますよね」 「子供と老人に受けが良いらしい、不思議なものだ」 そうしてのんびりと待っていると十五分程経った頃だろうか、一組の家族がやって来た。先頭に居る男性は長身で綺麗な赤毛だ。 「ちょっと母さん、どこ行ってたんだよ!心配したんだからな!」 「ごめんなさいね、ついうっかり。次からは気を付けるから」  ゾーロより少し身長の小さい女の子が「おばあちゃーん」と言いながらジェニーに抱き着いた。男性はキアナ達の方を向くと、 「うちの母がすみません」 とキアナ達に謝ってくるので、 「気にしないでください、僕達がやりたくてやっただけですので」 とリベックが返事をする。 「それじゃ本当にありがとうね」 「じゃーねージェニーさーん」 と手を振るキアナと、後ろを向きながら手を二、三度振ると前を向いて市場の人混みの中へと消えていった。 「それじゃ僕らも買い物して帰りましょうか」 「そうだな」 「そうだねー」  そうして各々必要な買い物をした後、夕日がほとんど沈んでしまった橙と紫混ざり合う空を見上げながら、市場から出て途中の道でリベックはゾーロ達と別れ、自宅の団地へと帰るのだった。  今日は休日の筈が色々あって結構疲れた。けれども、 「んー………たまには、こんな日があってもいい…かな?」  なんて呟きながら帰り道を急ぐのだった。  きっと「遅いわねー」なんて言っている母の為に、好物の苺のタルトを市場で二つ買って帰るリベックなのだった。  後日、リベックは少々遅刻癖があったのだが最近めっきり少なくなった。それをゾーロが指摘すると、 「最近寝坊しなくなったというか、良い時間に目が覚める様になったんですよ」 「………成る程、例の時計のお陰だな」 「え!?あの時計のお陰なんですか!?ホントですか!?」 「時計は時を刻むもの、持ち主の時間を操っているとしても不思議ではないな」 「へーこれにそんな力が……ありがとう、大切にするよ」 と西の時計屋で買ったチェーンを付けた例の銀細工の懐中時計を内ポケットから取り出して、不思議そうに、大切そうに、眺めるリベックだった。
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