紅哉が教えてくれたこと

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明莉が案内してくれた部屋は夫婦の寝室というイメージではなく、知的な女性の一人暮らしの部屋といった印象だった。 奥にベッドがあって、腰の低い本棚でリビングスペースとの間を区切っている。 リビングの方のテーブルの上に、読みかけの本が置いてあるのに胸が痛んだ。 「明莉ちゃん」 萌子は明莉を刺激しないようにそっと声をかける。 「お部屋、どうすればいいの?」 「ええ、まずはさっと埃を払って」 明莉は本が伏せてあるテーブルから目をそらしながら、 「それから夏用のお布団を――」 言いかけて、言葉を止めた。 布団を変えても、この部屋の主はもう帰ってこない。 中学生の明莉には、半年過ぎてもまだ受け入れがたいのだろう。 「掃除しよう」 萌子は気を取り直すように声をかけた。 「空気も入れ換えて、お部屋を綺麗にしよう」 明莉は泣きそうな目で見上げてきて、 「……うん」 うなずく。 窓を開ければ夏のジリッとした空気が入り込んでくる。 萌子は眩しさに目をすがめる。
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