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「……あ、あの……あなたが、本物の〝赤マント〟なんですか?」
一方の花子も、今しがた殺人を犯した相手に恐れ戦くこともなく、この場には相応しくない質問を思わず口にする。
霧崎の着ていたのが実は赤いマントでなかったことや、この真に赤いマントを羽織った人物の登場とその言動などから、そう思い直して確かめずにはいられなくなったのだ。
さすが探偵小説家の親戚というところだが、この状況がまったくもって現実味のない、本当に夢の中の出来事であるかのようだったことの方が要因としては大きいであろう。
「ああ、近頃はそんな噂が巷で流行っているようだね。ま、自分では別にそう名乗ったことないんだけど、僕ももう何人とお仕置きしているからね。その際の目撃者の話に尾鰭がついて、どうやら〝赤マント〟という怪人が生み出されたみたいだよ。僕の獲物はこいつのような社会不適合者であって、女子供を襲ったことなど一度としてないんだけどね。少々心外だなあ」
花子のその問いに、本当の〝赤マント〟はやはり場違いに穏やかな口調で、脇に転がる霧崎の遺体を横目で見やりながら、どこか他人事のようにそう答えた。
「それじゃあ、あなたは…怪人〝赤マント〟は正義の味方だったんですね! それとも探偵さん? あ、そうだ! 助けていただいてありがとうございます!」
猟奇殺人鬼だと云われる噂の怪人が本当は正義の人であったと知り、なんだかうれしくなった花子は目を輝かせると、自身も命の危機から救われたことを思い出して今更ながらに深々と頭を下げる。
「なあに、高等遊民のただの道楽だよ。僕は魔術師でね…あ、手品師じゃなく、呪術・魔術といったオカルトの類の方ね。このマントもその儀式の時に着けるものだ。先程、この霧崎を伸した業も魔術で肉体を強化していたんだよ。精神分析学的に言えば、催眠という現象を用いて潜在意識に暗示をかけ、筋肉の自己制限を外す…なんて、なんとも味気のない表現になってしまうのだけれどもね」
すると、赤マントは特に謙遜するでも照れるのでもなく、真実、礼を言われる筋合いはないとでもいうように、なんだかよくわからない、小難しい用語を並べ立てて花子に答えた。
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