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いや、帰る道の選択を誤るもっと前から、運命はこの危機的状況へと向けて転がり始めていたのかもしれない。
この日、花子は池袋にある女学校からの帰り道、親に頼まれたお遣いのため、駅近くにある親戚の家を訪れていた。
まあ、お遣い自体は大して手間の取れるものでもなかったのだが、その親戚というのが探偵小説を書いているような作家であり、家に上がってお茶をいただくとその作家の話がとてもおもしろく、気づけば長居をして帰りが遅くなってしまったのだ。
花子の家は、池袋からはだいぶ離れた谷中にある。
故に、山手線で最寄りの日暮里駅へ向かい、電車を降りた頃にはもうすっかり日が傾いており、通勤通学時は賑やかな駅前もずいぶんと静かで淋しいものに変わっていた。
「変な噂もあるし、暗くなる前に早く帰らなくっちゃ……」
人通りの少なくなった駅前の景色に、花子は不安そうな面持ちで誰に言うとでもなくぽそりと呟くと、普段使っている大通りではなく、家への近道になる裏路地の方へと足を進める。
無論、夜道は物騒だということもあるが、彼女がそうまでして急ぐのにはそうした一般論とはまた違った別の理由がある。
最近、この辺りに〝赤マント〟という怪人が出るともっぱらの噂なのだ。
その怪人は名前の通りに真っ赤なマントを纏っており、女子供をさらっては暴行して殺す猟奇殺人鬼なのだと云われている……。
もちろん、そんないかにもな話、ただの噂にすぎないのかもしれないのだが、か弱く非力な女学生の花子にしてみれば、そうとわかっていてもやっぱり怖いものだ。
だからこそ、少しでも早く家に着けるようにと近道を選んだのであったが……それが裏目に出てしまった。
しかも、どうやら赤マントの噂は本当のことだったようである……。
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