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「――はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…」
両脇に長い土塀の続く淋しい裏路地を、いつになく速い歩調に息を荒くしながら、追いかけて来る赤い影より逃れようと花子はなおも急ぐ。
今まさに、噂で語られているような赤いマントを羽織った怪人物が、現実に彼女の後を追いかけて来ているのだ。
このまま追いつかれ、捕まったらどうなってしまうのだろう?
考えたくはないのだが、思わず最悪の結末を想像して花子は背筋に冷たいものを感じる。
やはり、噂通りに凌辱されてから殺されるのか、それとも、もっと猟奇的なやり方で惨殺され、殺すことそのものによる快楽の対象とされるのか……いずれにしろ、ろくな未来は思い浮かばない。
その耐え難い不安から、ずっと怖くて後を見れずにいた花子も思わず振り返って赤い影を確認してしまう。
「…………!」
すると、てっきり同じ距離を保っていると思い込んでいた赤マントの男が、いつの間にかずっと近くに迫っているではないか!
「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…」
大きく見開いた瞳にその不気味な怪人を映した花子は、再び前を向き直ると、もう無我夢中になって限界まで歩調を速める。最早、小走りに近い状態である。
しかし、その焦りがさらに彼女を窮地へと追い詰める。
「……え? ……ここ……どこ……?」
ふと気づけば、花子はどちらへ進めばいいのかわからなくなっていた。
橙色に染まった土壁がどこまでも続き、まるで碁盤の目のように狭い路地が交差する閑静な裏通りの町……ただでさえ迷路のようなのに、彼女は普段、家の近所でもこちら側の道は滅多に使うことがない。
その上、極度の恐怖に混乱した花子の頭からは正常な方向感覚が失われてしまっている。
「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…」
迷子になったことがますます彼女を焦燥に駆りたて、花子は黒い目を潤ませると半べそをかいたような顔でついに走り出した。
「……はぁ……はぁ……っ! …グスン……はぁ……はぁ…」
ちらと顔を背後に向けて見れば、赤マントも同様に駆け出し、さらに彼女との距離を縮めて来ている……どちらへ行けばいいのかもわからないまま、花子は涙の溢れ出すのを我慢して鼻をすすると、なおも懸命に足を動かして赤く染まる無音の町を疾走する。
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