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……いや、違う。あれは、赤いマントではないのか……。
そんな夢現の感覚が、無意識に客観的な対象の観察を花子に促す。
先程まではずっと赤いマントだと思っていたのだが、こうして全体が真っ赤な景色の中で改めてよく見てみると、同じ系統色内の対比から、それが目の錯覚であったことにふと気づかされる。
赤く見えていたマントは、じつは夕陽に染まったカーキ色のものだったのだ。
同じく赤い制帽も本当の色はカーキ色……つまり、男が身に纏っているのは帝国陸軍の軍人のそれである。
……そうか。もしかしたら、こうしていつも夕暮れ時に出没するので、夕陽に染まるカーキ色のマントを赤い色だと目撃者達が勘違いしたのかもしれない……そして、いつしかこの怪人は〝赤マント〟と呼ばれるようになったのではないだろうか?
思わぬその発見に、それどころではない状況ではあるが、花子は冷静にそんな分析結果を思った。
「なんだ、そのポカンとした顔は? よくないな。もっといい顔してみせてくれよ」
その心の内を読んだわけでもないだろうが、男は首を傾げて花子の顔を覗き込むと、急に苛立たしげな声の調子になって、マントの下から右の手を差し出して見せる。
その動きに花子がそちらへ視線を向けると、赤い手袋…否。夕陽に赤く染まる白手袋をしたその手には、陽光をキラキラと乱反射させる、一本の鋭い銃剣が握られていた。
「……っ!」
その容易に人の肉を切り裂くことのできる禍々しき刃を目にした瞬間、このあまりにも非現実的な状況が一気に現実味を帯びてくる。
「いいねえ。その顔だよ。大陸じゃあ、何十人と敵兵や捕虜を殺したけど、死を覚悟している者をいくら殺ったところでちっともおもしろくない。やっぱり、自分が死ぬなんて考えたこともない人間の、突然、命の危機にさらされた時の反応が最高なんだよ……例えば、君のように年端もいかぬ女学生のね」
再び引き攣った彼女の顔を満足げに眺め、赤マントはひどく愉快そうに口元を歪める。
その際、制帽のつばの下にようやく見えた彼の眼は、狂気と邪な快楽にすっかり血走り、まるで地獄から現れた獣のようにギラギラと輝いている。
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