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「き、貴様ぁっ! 帝国軍人に対してふざけたことをっ!」
その態度に逆上した軍用マントの男は、標的を花子からもう一人の赤マントへと替えると、上げたままになっていた銃剣を握る手を勢いよく振り下ろして斬りかかる。
「なっ……!」
だが、標的は真に赤いマントを夕闇に翻すとその身をくるりと回し、なんなく凶刃の下をすり抜けてしまう。
「おやおや、急に斬りかかるとは危ないじゃないか、霧崎捨久君」
「くっ…おのれがっ!」
一撃を避けられた軍用マントの男――霧崎捨久と呼ばれる彼の者は銃剣を順手に握り直し、今度は左手も添えて二人目の赤マントへと突進する。
「…っ! ば、バカな……!」
しかし、今回も…いや、今回はもっと華麗に、垂直方向へジャンプするとくるりと空中で一回転し、とても人間業とは思えない、軽業師が如き身のこなしで突っ込んで来る刃を見事にやり過ごす。
「クソぉっ! どこまでもふざけた真似をしおってぇっ!」
目標を見失い、勢いのままつんのめってなんとか止まった霧崎捨久は、直後、振り返るとますます逆上し、血走った眼でむやみやたらに真の赤マントへと斬りかかってゆく。
行き止まりの壁に貼りついたまま、茫然と成り行きを見つめる花子の存在など最早眼中にない様子である。
……が、そこまで必死になって繰り出す攻撃も、一つとしてもう一人の赤マントに当たることはない。
くるくると輪舞を踊るかのようにその身を回転させ、あたかも薔薇の花弁が舞うかの如く深紅のマントを翻してすべてを避け切ってみせたのだ。
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